『水は動かず芹の中』
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河童とは、かつて戦のために故郷を奪われた難民だった――
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
長い間スランプに陥っている作家が旅に出る場面で中島京子の長編小説『水は動かず芹の中』は始まる。行き先は佐賀県の唐津だ。作家は山里の陶芸工房の主である老人サワタローと妻のナミエにもてなされる。サワタローは四百年以上前に朝鮮から来た陶工の娘が焼いたという言い伝えがある「ウンビの茶碗」と水神一族の受難について語る。
“水神”とは中島の柴田錬三郎賞受賞作『かたづの!』でも魅力的に描かれていた河童のことだ。まず、サワタローが唱える河童の起源説に引き込まれる。河童は戦のために故郷を奪われた難民のような存在で、異国からやって来た“境界の人”だと言うのだ。後日、唐津を再訪した作家は、サワタローの家に滞在して「水神夜話」を聞かせてもらう。
「水神夜話」は“十六世紀最大の国際戦争”、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が明(現在の中国)の征服を目論み朝鮮に出兵した「文禄・慶長の役」を背景にしている。「ウンビの茶碗」によって戦の兆しを知った河童たちは、なんとか秀吉の侵攻を止めようと奮闘するが……。
人間はなぜ無謀な戦争を始めてしまうのか。〈完全に誤ったゆるぎなき信念〉に突き動かされているという作中の秀吉評を読んで、現代の権力者の顔がいくつも思い浮かんだ。「文禄・慶長の役」の「倭国」がたどる道は、第二次世界大戦における大日本帝国と重なるところがある。十六世紀と二十世紀の戦争がつながり、今の自分が立っている場所を考えずにはいられない物語だ。
暗澹とするシーンもあるが、迫害されても争いを好まず、〈るるんぶつるんぶ〉している河童たちに救われる。この愛らしい河童語は、踊っている、ぶらぶらしているという意味らしい。草野心平の詩からとったのだろうか。芥川龍之介の俳句をもじったタイトルも効いている。文学好きだけではなく、歴史好き、妖怪好き、器好きも手にとってほしい。


























