『チェロ湖』
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【聞きたい。】いしいしんじさん 『チェロ湖』
[レビュアー] 産経新聞社

いしいしんじさん
■空と水の間で考えた物語
湖で水が回り出すと、釣り人が蓄音器用のまっすぐな針を垂らし、魚ではなく物語を釣り上げていく―。そんなイメージから生まれたという今作は、「まさかこんな量になるとは」と著者自身も驚く900ページを超える大部の小説になった。描いたのは、楽器の形に似た湖のほとりに住まう一族の百年にわたる物語だ。
カイツブリと心を通わせる野人のような漁師の祖父、レコードに魅せられた祖母、建材の声を聴く建築家の父、そしてチェロの名手で30年間眠り続けた母。琵琶湖を思わせる「うみ」で、1920年代の祖父たちの時代に始まり、レコードとともに語られる親子三代の記憶は、音楽と生命にあふれている。
現実の歴史と幻想的な暮らしが交錯する不思議な物語は、「家の中で考えたというより、空と水の間で考えた」という。きっかけとなったのは、琵琶湖に流れ込む知内川(ちないがわ)で体験したコアユ釣り。夏場の未明に出発し、午前6時半ごろに到着して素足で川の中に入って釣り糸を垂らした。
「陽に温められた浅い水に素足で入ると、身体に湖のエネルギーがさーっと入り込んでくる。1時間足らずで200匹くらいコアユが釣れました。琵琶湖の水系の中に満ちあふれている、命のエネルギーがすごかった」
作中に登場する近江弁は、土地の老人たちが使う戦前の言葉をメモして回った。取材を通じて知ったのは、琵琶湖の津(港)ごとに存在していた豊かな歴史。ある津は「湖を取り仕切る警察官のような役目だった」など、どんな教科書にも載っていない話を聞くことができたという。
「やっぱりその土地の地面をいっぱい踏んで、水を浴びてということが必要だなと。自分が編み出したオリジナルだと思った方言が、実際に話されていたこともあった」
丸4年の雑誌連載を終えた後にほぼ全編を書き直し、右腕はまひするまで酷使した。「もう足すもんないですよ」と笑う。「レコードは音を出しながら身を削っていくけど、人間もそうですよね。生きているっていうのは、身を削って音を出しているわけですから」。行間から作家の息づかいが聞こえてくる大作だ。(新潮社・5500円) 村嶋和樹
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【プロフィル】いしい・しんじ
小説家、随筆家。昭和41年、大阪府生まれ。平成24年に『ある一日』で織田作之助賞、28年に『悪声』で河合隼雄物語賞を受賞。


























