【書方箋 この本、効キマス】ユダヤ人の起源 シュロモー・サンド 著

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ユダヤ人の起源

『ユダヤ人の起源』

著者
シュロモー・サンド [著]/高橋 武智 [訳]/佐々木 康之 [訳]/木村 高子 [訳]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784480097996
発売日
2017/07/06
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【書方箋 この本、効キマス】ユダヤ人の起源 シュロモー・サンド 著

[レビュアー] 濱口桂一郎(JIL-PT労働政策研究所長)

皮肉極まる姿を記す

 2023年10月、ガザを支配するハマスがイスラエル領内を奇襲し、1400人を殺害するとともに240人の人質を拉致した後、イスラエル軍はガザ全域に侵攻し、空襲で多くの建物は瓦礫となり、戦闘は未だに続いている。イスラエル政府はますます強硬になり、ヨルダン川西岸も含めパレスチナとの共存はますます遠のいている。

 こういう絶望的な時期にこそ、改めて読み返されるべき大著がイスラエル在住の歴史家シュロモー・サンドによる『ユダヤ人の起源』だ。邦語タイトルは「起源」だが、表紙に書かれた英語タイトルは「The Invention of the Jewish People」である。以前似たようなタイトルの本を紹介したことをご記憶だろうか。本紙24年3月4日号掲載のビル・ヘイトン『「中国」という捏造』(参考=【書方箋 この本、効キマス】第55回 『「中国」という捏造』 ビル・ヘイトン 著/濱口 桂一郎)だが、その英語タイトルは「The Invention of China」である。つまり、本書は「ユダヤ人という捏造」とも訳せるわけだ。

 彼によれば、現在のユダヤ人の祖先は別の地域でユダヤ教に改宗した人々であり、古代ユダヤ人の子孫は実は現在のパレスチナ人である。そもそも、ユダヤ人は民族や人種ではなく、宗教だけが共通点に過ぎない。第二次世界大戦中に約600万人のユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツが、ユダヤ人は民族や人種であるとの誤解を広めたのであり、イスラエル政府が標榜する「ユダヤ人国家」には根拠がないという。シオニズム運動は欧州で迫害された19世紀末に起こり、「ユダヤ人国家の再建」をめざした。運動の根拠になったのは、ユダヤ人が紀元後2世紀までにローマ帝国に征服され、その地から追放されて放浪の民となったという「通説」だったが、彼は「追放を記録した信頼できる文献はない。19世紀ユダヤ人の歴史家たちが作った神話だった」と主張する。彼曰く、古代ユダヤ人は大部分が追放されず農民として残り、その後キリスト教やイスラム教に改宗して今のパレスチナ人へと連なっているのだ。

 古代ユダヤで生み出された宗教に改宗した人々の子孫が、ユダヤ人という人種・民族に属する者として憎まれ、迫害され、虐殺された挙げ句に、その虚構の「血」の論理を自らのアイデンティティとして民族国家を「再建」し、かつてその宗教を生み出した地に永年住み続けて、キリスト教やイスラム教に改宗した人々の子孫を、異邦人として憎み、迫害し、虐殺するに及ぶ。何という皮肉極まる姿であろうか。殺す側も殺される側も、いずれもユダヤ人であり、いずれもユダヤ人ではないのだ。

 最後の第5章には、もともと人種ではなかったユダヤ人の「種族化」を試みる現代イスラエルで流行のイデオロギーが紹介される。そこでは生物学的、遺伝学的なユダヤ人の「特徴」があれやこれやと「発明」されているのだ。そのロジックを振りかざしてユダヤ人の殲滅を図ったナチス・ドイツによってではなく、それによってほとんど殲滅されかけた人々の子や孫であるイスラエルのユダヤ人自身によって。

(シュロモー・サンド 著、高橋 武智 監訳、ちくま学芸文庫 刊、税込2090円)

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

労働新聞
令和7年11月3日第3519号7面 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

労働新聞社

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