『サッチャー』
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<書評>『サッチャー「鉄の女」の実像』池本大輔 著
◆意外に柔軟だった外交姿勢
サッチャーについては、以前に自伝も出版されたし、子供向けの人物解説書もあるので、いくつかの出来上がったイメージがかなり普及している。例えば、冷戦時代のソ連の脅威にも屈しなかった「鉄の女」であったと。あるいは、政府が「ゆりかごから墓場まで」面倒をみる福祉国家路線が人々の依頼心を招き経済停滞につながったとして、競争原理の徹底によって経済再生を成し遂げた「新自由主義の闘士」であったと。これらすべてに根拠がないとは言えないが、彼女が亡くなって10年以上も時間が経ち、1次資料の公開も増えて、研究はさらに進んでいる。
第1に、第1次政権(1979~83年)時で実行された為替管理の撤廃による国際資本移動の自由化に彼女が実は消極的であったという事実である。この政策を主導したのは蔵相のハウと閣外相として彼を補佐したローソンと貿易相のノットの3人で、サッチャー本人は通貨の安定や健全財政こそ望んでいたが、国際資本移動の自由化がそれほど重要な課題だとは考えていなかったというから興味深い。
第2に、第2次政権(83~87年)時、彼女は欧州為替レート・メカニズムへの参加が、ポンドの安定というよりも西ドイツの金融政策に左右されるイギリスにつながるとして強硬に反対していたが、他の主要閣僚は参加への機が熟していると考えていたこと。後に彼女の政権基盤を崩すことになる閣内対立がすでに生じていたことがわかる。
第3に、第3次政権(87~90年)時、彼女の外交姿勢は「鉄の女」のイメージとは違って意外に柔軟であり、特にソ連のゴルバチョフと良好な関係を構築したことに表れていたこと。だが、その後、東側の共産主義体制が急速に瓦解(がかい)し、皮肉にも彼女が早期に望まなかった東西ドイツの統一が成し遂げられた。
政治家の実像を描くのは困難な仕事である。どの政治的立場からも異議申し立てを受ける可能性がある。だが、本書はその課題に丁寧な資料解読によって誠実にこたえた力作だと高く評価したい。
(中公新書・1375円)
1974年生まれ。明治学院大教授・ヨーロッパ国際関係史。
◆もう1冊
『マーガレット・サッチャー』筑摩書房編集部著(ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>)


























