「『責任はおれが取る』と言う医者がなぜいないんだ」患者に治療法を選ばせる時代の医療とは? 川上未映子×里見清一(中編)【死にゆくひととどう話すか】
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『患者と目を合わせない医者たち』
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[対談]川上未映子×里見清一/死にゆくひととどう話すか
[文] 新潮社

里見清一さん
[対談]川上未映子×里見清一/死にゆくひととどう話すか
「治療法はA、B、Cがあります。どれを選びますか?」
近年、患者の主体性を尊重するという名のもとで、医師からこう問いかけられる場面が増えています。しかし、うまくいかなかった時にその責任を背負うのは患者の側なのでしょうか。
作家・川上未映子さんと医師・里見清一さんが、治療選択の責任、医師への信頼、「絶対に大丈夫」という言葉の重み、そしてがん再発リスクをどう伝えるべきかについて語り合いました。
(本稿は里見清一さんの著書『患者と目を合わせない医者たち』の刊行に合わせて行われた対談を抜粋・編集した記事です)

川上未映子さんと里見清一さん
「患者に選ばせる」というのなら
川上 先生は、医療の現場のおかしな点に絶えず疑義を呈されています。例えば、いまでは「患者自身が主体性を持って病気をサバイブしていこう」という風潮になった。だから医師が「治療の選択肢はA、B、C、Dとあります。どれがいいですか?」なんて訊く。患者はCを選んで、その治療がうまくいかなかった時、自分自身を責めるしかなくなる。それはおかしいだろう。「おれはあんたのことを全部診て、Aがいいと判断しているんだ。責任はおれが取る」と言う医者がなぜいないんだ、ともお書きでしたね。先生のこの言葉には本当に胸打たれました。
里見 治療の選択肢を挙げて患者に選ばせるのは、まだいいと思うんです。問題は、患者がCを選んで、うまくいかなかった時、「おれはAが良いと思ってたし、そう言ったよね? だけど、あんたがCを選んだんだからな」という責任逃れをするのは絶対に良くない。少なくとも「自分は患者が選んだCに同意して、その治療をした当事者であり、共犯だ」と思って、次の策を練らなくちゃいけない。
川上 治療法といえば、がんの場合は手術をするか、切らずに放射線治療などを選ぶか、という選択があります。食道がんになった当事者が書いた本を読んだことがあって、その著者は名医とされているある医師から「手術しかない」と言われましたが、自分で情報を集めて精査し、転院して放射線治療を選んだ。治療後、その著者が「あなたはなぜ放射線治療の選択肢を挙げてくれなかったのか」と前の病院の外科医を問い詰めたら、医師は顔色ひとつ変えずに「私たちはがんしか見ないんですよ」と。つまり術後のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)も関係ないし、八十歳、九十歳の人でも「がんを取りたい」と言うなら、私たちは手術を第一選択にします、と答えたというんです。
里見 一方で外科医としては、そういう先生は数もこなしていて、自信もあるし、腕はいいんでしょうね。手術が上手いから確かに術後のQOLも高いのかもしれない。
川上 里見先生が同じ立場なら手術してもらいますか?
里見 それは腫瘍のタイプによりますね。基本的には、食道がんになったら放射線治療を選ぶかな。肺がんなら、たぶん手術を選ぶと思う。今だったらあいつかこいつに執刀してもらおう、あと、彼も上手かったんだけど最近老眼でものが二つに見えると言ってたな、とか(笑)。
川上 そこまでの選択ができるのは医学業界にいる特権ですよね。一般人はどうしたらいいんでしょうか? いわば出たとこ勝負で、受診した病院に任せる、というのが患者の倫理でしょうか?
里見 アメリカではコンシェルジュドクターというのが非常に流行っているそうです。これは一種のかかりつけ医なんですが、すごい金を払って契約して、いざ病気になると、そのドクターの専門の病気でなくても、コネで便宜を図っていろんな医療機関に送りこむ、という形なんです。そのうち日本でも流行るでしょう。本当は家の近くで、あまり金のかからない、顔も広くて腕のいいかかりつけ医を持つことが一番なんですけどね。
川上 母もそうでしたが、世の中、主体性をもって自分の人生の色んなことを決めていたり、自分のことをケアできる人ばかりではありませんよね。みんながみんな、「あの病院にいい先生がいる」とか「手術より放射線がいいみたい」とか情報を集めて、どんな治療を受けるかも自分で決断して――みたいなサバイブができるわけではない。そういう患者には「治療はAでいこう。責任はおれが取るから」と言ってくれるお医者さんがいたらいいのですが……。
里見 桂米朝師匠の小噺ですが、「この薬はドイツからわざわざ取り寄せた貴重なもので、よぉ効く。よぉ効くけども、量を間違えると大変なことになるから、よくよく注意せんといかん。小匙いっぱいだけ、きっちり計って、朝昼晩、決めた時間ぴったりに飲んでたら、こんな病気、すぐに治る! ただし、くれぐれも量を間違えなさんなや」「へへえー」と医者を信用して、うどん粉を有難がって飲んでると、それで病気が治る場合が(笑)。それは冗談にしても、まあ、やっぱり医者を信用しないとね。

川上未映子さん
世の中に「絶対」はないけれど
川上 告知を受けた患者が、どんなお医者さんを信用するかといえば、先生がアドバイザリーを務めたドラマ(平成版)「白い巨塔」にこんな場面がありました。唐沢寿明さん扮する外科医の財前五郎が「治せないかもしれない、なんて言う医者に、自分の命を預ける患者がいるのか」、「絶対に大丈夫という一言が患者を納得させるんだ」という名セリフを吐きます。先生の『死にゆく患者(ひと)と、どう話すか』(医学書院)には、このセリフをめぐって看護の学生たちに議論をさせる章がありましたね。がん患者の家族としては、「絶対に大丈夫」と言ってもらいたいです。
里見 私のゼミの子たちに「絶対に大丈夫、って言っていいかどうか」と議論させたら、見事に二つに分かれました。つまり、「世の中に絶対なんてないんだから」――。
川上 そんなことはわかってるけど、言ってほしいんですよ(笑)。
里見 で、一方は、「『絶対に大丈夫』と言ってほしいのだから、言ってあげるべきだ」と。片方は理屈で言って、もう片方は情念で言っているわけだから、妥協のしようがありませんでした。
川上 患者も患者の家族もみんな、手術の前には「絶対に大丈夫」って言ってもらいたいと思うなあ。絶対という言葉が無責任なら「世の中に絶対はないから絶対という言葉は理念として使いませんが、まあ、大丈夫でしょう」と明るめの感じで言ってほしい(笑)。
里見 でも、実際問題として、「絶対」はない。アメリカで作られた、患者とのコミュニケーションについての教育ビデオがあって、その中で、二年前によその病院で乳がんの手術をした女性が骨に転移してやってきた。「転移です、再発です」と告げたら、患者が「『悪いところは全部取った』と言われ、おまけに『念のために』と抗がん剤も半年やらされて、『完全に治った』とも言われたんだ、それがなんで今更」と怒り狂うんです。私自身、自分が診た患者から「前の医者から『治った』と言われたのに話が違うじゃないか」と詰め寄られた経験は何十回とあります。
川上 何か見落としがあったんじゃないか、判断が甘かったんじゃないか、って思うんでしょうね。戸惑いが怒りになって……。
里見 いま目の前にいる医者も含めて、医者全体に怒っているのでしょうね。医者としては、「前の先生の言ったことも嘘じゃないんだ、けれど百パーセント本当ということでもない、がんというのはそういう病気なんだ」――そこを分かってもらえないと、次に進めないんです。アメリカ人は「Never Say Never」という言葉をよく使いますね。断定してはいけない。例外は常にあるから。だけど人間は「かもしれない」不確実な状況にはなかなか耐えられない。
川上 もうひとつ、『死にゆく患者と、どう話すか』で、「『手術をすると七割は治る、でも三割は再発してしまう』として、そのリスクを説明するかどうか」という議論も学生たちにさせていました。これにも私は答えが出せないでいます。がんが再発していないかの検査を受けるなんて、本当に生きた心地もしないで病院へ行くわけですよ。でも、三割の再発可能性があると知っておくと、一日一日を大切に生きていこうという心構えを持てるかもしれません。
里見 がんノイローゼの人はたくさんいますが、一番ひどいのは実際に一度がんに罹ったことがある人のノイローゼです。ちょっとお腹が痛い、ちょっと咳が続くというだけで、がんじゃないかと深く悩んでしまう。だから三割ある、あるいは三割しかない再発可能性を告げるべきかどうか――。これには正解はありません。私だったら「まあリスクはないとも断言できないから、外来に通って、たまには検査させてくださいよ」くらいは言うかな。でも、ゼミのある学生が気づいたんですよ。「九割は大丈夫だから」と言っても、糖尿病の患者とがんの患者は違うんだと。糖尿の患者は「おれは医者の言うことを聞いて節制しているから大丈夫だ。一割に入るのは、どうせ酒も飲んで、甘いものも食べてるやつらだろう」と楽観的に思える。そこへ行くと、がん患者は「誰がその一割になるかわからない」と思うからとても怖い。
川上 がんは普段の行いとは、ほとんど関係がないですからね。
里見 そう、誰が再発するのか、誰がなるのか、わからない。まあタバコを吸っていたらプラスアルファで、なりやすくはなるでしょうが、何も悪いことをしていないのに、なる人はなっちゃいます。カルヴァン派みたいになりますが、がんになるかどうかの運命は生まれる前から決められているようなところがありますから。
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【前編】では<がん医療と告知の是非や緩和ケアの現状>、【後編】では<がん治療における抗がん剤や新薬の使用、制度の問題点、患者との寄り添い方>などを語り合った対談をお届けします。
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川上未映子(かわかみ・みえこ)
『黄色い家』で読売文学賞、『夏物語』で毎日出版文化賞など受賞多数。他にも連作集『春のこわいもの』、村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など。40言語以上で読まれており、世界で最も新作が待たれる作家のひとり。
里見清一(さとみ・せいいち)
本名・國頭英夫。国立がんセンター中央病院内科などを経て日本赤十字社医療センター内科系統括診療部長。著作に『「人生百年」という不幸』『医学の勝利が国家を滅ぼす』『死にゆく患者と、どう話すか』など。

























