『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』
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本はどう読めばいいのか――こんな方法もある
[レビュアー] 池上彰(ジャーナリスト)

池上彰さん
ニュースの背景をわかりやすく伝える「話すプロ」として知られる池上彰さんが、思わず唸った一冊がある。
文芸評論家の三宅香帆さんが執筆した新書『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』だ。
池上さんは本書を通して、「本を読むとは、ネタを仕込むこと」「話すとは、読んだ本を料理すること」という視点に出会い、かつての自分を思い出したという。
学生時代、「あなたって本当に話が面白くない」と言われた池上さん。
読書量と会話力は必ずしも比例しない…。その実感を持つからこそ、「読むことを“ネタづくり”として捉える」三宅さんの視点に強く共感した。
“読む力”で“話す力”を磨くことを実践し、その手法を説いた本書について、池上さんが読みどころを綴った書評を紹介する。
本はどう読めばいいのか――こんな方法もある
「話が面白い人」と言われたい。こんな願望を持っている人にはドンピシャのタイトルです。三宅香帆さんは書名をつけるのが上手です。ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』も、「昔は本をたくさん読んでいたのに、働き出したら読めなくなったなあ」と思っている読書好きは大勢いますから、思わず手に取ったことでしょう。
本書も魅力的なタイトルです。「話が面白い人」になるにはどうすればいいのか、その技術を教えてくれるというのですから。この書評を読んでいるような人なら、きっと一度はそんなことを考えたことがあるのではないですか。だって、あなたが「話が面白い人」なら、仲間から引っ張りだこで、こんな書評を読んでいる暇はないはずでしょうから……。
というのは悪い冗談ですね。でも、思わずそんなことを書いてしまったのは、私も学生時代、本の虫でしたが、当時の彼女から「あなたって、本当に話が面白くない」といわれて振られた経験があるからです。
本をたくさん読んでいれば「話が面白い人」に自動的になれるわけではないのです。
いまから思えば、私は当時夢中になって読んでいた高橋和巳や倉橋由美子、堀辰雄、福永武彦、さらに三島由紀夫の話ばかりしていたような気がします。あるいはアダム・スミスやマルクスだったか。
読んでいる本の魅力を勝手に語っていただけで、これらの本がどう魅力的なのか、相手に理解してもらおうとする努力も技術もなかったのです。
「死活問題」から編み出した技術
本書は、文芸評論家である著者が、多くの小説や漫画、ドラマ、映画などの物語を、どのように読み解いているかについて書かれています。著者がふだんから実践している「鑑賞」の技術やコツについて書かれた「技術解説」編と、実際にその方法を用いて作品をどのように咀嚼し、紹介したり評したりしているかという「応用実践」編とに分かれています。
三宅さんも、かつては「面白い話」ができなかったそうです。本書の中で、こう述懐しています。
「私は昔から本が好きでした。暇さえあれば本を読んでいた。けれど、けして話の面白い人間ではありませんでした」
おお、私と同じではないですか。
ところが、三宅さんはそうも言っていられなくなったそうです。というのも文芸評論家という仕事をするようになると、「本を書くのも仕事ですが、本について話すのも仕事」になったからです。
となると、「話す内容が面白くないと、本も買ってもらえないじゃないか! 死活問題だ!」と気づいたんだそうです。そうか、問題意識の基盤には経済構造が存在していたのですね。
かつてマルクスは、人間の経済活動を「下部構造」とし、その上つまり「上部構造」にイデオロギーや文化が存在すると論じました。下部構造が上部構造を規定するというのです。三宅香帆さんの人生にも、当てはまる経済構造ではありませんか。
おっと、すぐにこんなことを言い出すから、私は敬遠されていたのか……。
気を取り直して、本文に戻ると、本を読む上で「鑑賞」の技術が必要だと気づいたそうです。それは、読んだ本の内容を「ネタ」に変える技術のこと。これを三宅さんは「鑑賞」と名付けています。
これをザックリいうと、「ネタを仕込むつもりで本を読む」という姿勢が大切だというのです。
確かにそうだ。2025年の本屋大賞を取った阿部暁子『カフネ』を読んだとき、現代の多種多様な人生模様が詰まっていること、そしてそれをうまく表現していることに感心し、美味しい食べ物を「食べる」という行為によって問題を解きほぐしていくという手腕に感嘆したことを思い出しました。『カフネ』を読んだあと、「なぜこの本が本屋大賞を取ったかと言うとね……」と他人に話したくなったものです。そのときに、何をポイントにして話せばいいのか、しっかり把握していれば、人にわかりやすく説明できたはずでした。そうか、これが「鑑賞」というものなのか。
私が試行錯誤しながら本を読んでいたことを、三宅さんは、きれいに分析してくれているではありませんか。本書を手に取る人は、一般の人に比べれば読書家に分類されるでしょうから、自分の本の読み方を分析してもらって納得、という気分になるはずです。
読んだ本をうまく「料理」する
本書では、三宅さんがどのように本を読んできたか、2022年から2025年までの作品についての解釈が掲載されています。実践的ですね。
ここで三宅さんは読んだ本をネタにすることを「料理」に例えます。面白い本は、そのまま読んで面白い。料理も素材が美味しければ、それだけで美味しい。でも、人に出すときには、素材を料理する。料理の方法にはいろいろあります。同じように、読んだ本を解釈する技法にも工夫があります。それは……と詳しく解説してしまっては、読まずに内容を知ってしまおうという最近の「タイパ」に手を貸してしまうので、ここまでにしておきます。本はあらすじを知るだけでは面白くないもの。本の魅力を、三宅さんがどのような手練手管(失礼!)で解きほぐしていくのかを味わうことが重要なのです。
それにしても、三宅さんの語り口で紡ぎ出されるものの多様なこと。たとえば『成瀬は天下を取りにいく』を紹介するときに、『桐島、部活やめるってよ』を比較対象に選びます。まあ、これはどちらも現代版の青春小説ですから比較するのは納得ですが、平井大橋の野球漫画『ダイヤモンドの功罪』とマイケル・サンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』が比較の俎上に載ると、そのジャンルの広さに驚嘆します。日本の野球漫画と、アメリカの格差社会の現実を論じたハーバード大学の先生の作品が、どういう関係として論じられることになるのか。
一見して比較できないような作品を比較すると宣言して論じ始めると、これが“掴み”になります。思わず読み始めてしまうからです。読み始めると、ここではギフテッドと生育環境の関係が扱われます。
あるいは九井諒子の漫画『ダンジョン飯』とカトリーン・キラス=マルサルの『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』が共通のテーマとして語られます。三宅さんが抽出したキーワードは「ケアの倫理」でした。
こうした技法を披露しながら三宅さんは、大ヒットした映画『国宝』をあなたならどのように読み解くのか、という宿題を提示します。そうですね。解説を読んでわかった気になっていても、実際に語ってみようとすると、自分が本当に理解してはいなかったことに気づくことがあります。本書の最後には、三宅さんによるこの宿題へのヒントが出ていて、このヒントに導かれていくと、自分なりの感想文が完成する仕掛けになっています。三宅さんの優しさが読後感となって心に残ります。


























