『海をこえて 人の移動をめぐる物語』
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<書評>『海をこえて 人の移動をめぐる物語』松村圭一郎 著
[レビュアー] 佐谷眞木人(恵泉女学園大学教授)
◆人はなぜ夢を持つのか
移民や難民といった国境を越える人々は、近年、ヨーロッパやアメリカなどの富める国への流入が膨れ上がり、深刻な政治問題になっている。海外から流入するのは移民か難民か。合法か違法か。それらは受け入れる国家によって一方的に判断され、さらに、流入を制限するのか、しないのかが問われる。本書はそのような「国境を越える人々」を「国民国家の視点」から語ることに対する異議申し立てである。
作者は文化人類学者で、エチオピアでのフィールドワークを通して、主に中東の国々へと国境を越えて働く人々に向き合ってきた。海外に行く人々には、それぞれに固有の個人史があり、異なる事情を抱えている。そのような個別の存在としての「移動する人々」の思いを知ることが、移民への理解を深め、受け入れる社会にとっても有意義なのではないか、というのが作者の執筆意図である。
本書は全体として、文化人類学の知見をもとに、人々の移動について考察を深める主論部と、その間に挟み込まれた、作者によるフィールドノートの入れ子状態で叙述が進む。このような個別と一般とが相互に理解を深め合う形式がとても魅力的だ。そこから浮かび上がるのは「人はなぜ移動するのか」という(海外でフィールドワークを行う作者自身も含まれる)問いであり、さらに言えば「人はなぜ夢を持つのか」という根源的な問いである。
もちろん、夢を持つことが必ずしもよい結果に結びつく保証はない。「海外で働きたい」という夢は、ときに大きなリスクを伴う。本書においても夢が悲惨な結果を生む例が記される。それでも人は夢を持つのである。人類史において、人の移動は大きな役割を果たしてきたと作者は言う。そこからは、逆に「人はなぜ定住するのか」という問いが照らし返される。こうして、移動と定住のせめぎ合いが社会を作ってきた。本書は移民を解決すべき政治問題から解き放ち、新たな世界を構築する可能性へと鮮やかに読み替えている。
(講談社・1980円)
1975年生まれ。岡山大准教授・文化人類学。『所有と分配の人類学』など。
◆もう1冊
『旋回する人類学』松村圭一郎著(講談社)


























