「女性が出産を強要される近未来小説」で有名になった作家の「ただならぬ緊迫感」ある短編集とは

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ダンシング・ガールズ

『ダンシング・ガールズ』

著者
マーガレット・アトウッド [著]/岸本 佐知子 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784560091944
発売日
2025/09/26
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

秘密を暴かれていくような不穏さ。ただならぬ緊迫感の短編集

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 明るい妄想というのはあまりないように思う。しかも一旦始まるとどんどん膨らむ性質がある。

 たとえば本書の一編「キッチン・ドア」がそうだ。ミセス・バリッジは強い霜が降りるという予報に、まだ青い畑のトマトをぜんぶもいでしまった。霜でやられるならピクルスにして貯蔵したほうがいい。

 鍋を火にかけ、キッチン・ドアに立って外を眺めているうちに、彼女は「来たるべきもの」が来て今の生活が覆されてしまうという予兆を明確に意識していく。

 ページから目を離せないほどの緊迫感の連続だ。鍋を火にかけてしまえばあとは待つだけ。それに貯蔵する行為は非常時への想像が原点だから、妄想が忍び寄りやすい状況と言える。

 著者のマーガレット・アトウッドは女性が出産を強要される近未来小説『侍女の物語』で世界的に有名になった。本短編集はその八年前に出たもの。巻末で翻訳者の岸本佐知子さんが述べるように早くもただならぬ雰囲気が滲みでているが、この「ただならなさ」はどこから来るのか?

 主人公は自分の直面する現実に鋭い観察眼を発揮し、その鋭さゆえに妄想につかまる。心の動きと現実の関係が緊密で揺るぎない。読んでいると自分の秘密を暴かれていくような不穏な気分にさせられる。

「訓練」もすごい。まずセッティングにどきどきさせられる。重度の障害を負った少女がいる。身体を動かすことも発語も出来ないが、彼女がとても頭のよいことは僅かな反応からわかる。

 医学生のボブは彼女に惹かれ些細な動きに神経を集中して交信し合う。自分が落ちこぼれになるかもしれないという不安がその間だけやわらぐからだ。健常者と障害者の境界に物語の核が据えられ、ただ美しいだけでない真実が露にされる。緊迫しないはずがない。

新潮社 週刊新潮
2025年11月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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