『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』
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【毎日書評】いかに自分で決めていないか自覚せよ。「雑談」で見えてくるモヤモヤの答え
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
2020年のはじめに「雑談」を仕事にしてから5年半が経つ。マンツーマンで1回90分の雑談を、今までのべ3000回以上している。始めた頃は別の仕事をしていたこともあり、ゆるく続けられるといいなという感じだったのだが、今ではすっかり本業となり、毎日いろいろな人の話を聞きながら、みんなもっと雑談をしたほうがいいという気持ちは日に日に強くなっている。(「はじめに」より)
『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』(桜林直子 著、新潮新書)の冒頭には、このような記述があります。雑談といえば世間話などを思いつきますが、著者が仕事にしている「雑談」は少し違うのだとか。
序盤こそ近況報告などから始まるものの、どこかのタイミングで「最近気になっていることや、話してみたいことはありますか」と聞いてみると、その人にとってのモヤモヤした思いなどが自然に出てくるというのです。そして、ひとたびそうなると、以後も手品のように次々とことばが出てくるそう。
でも、なぜ雑談?
雑談をして自分の話をした方がいいと思うのは、そうしないと自分がいったいどうしたいのかわからなくなってしまうからだ。何が好きで、何が嫌で、どんな状態が快適で、どうありたいか、なにをしたいか、自分でわかっていないと、先に進むための選択がむずかしくなる。(「はじめに」より)
つまり自分のことをもっと知るためにも、雑談は有効なのです。
きょうは第四章「『自分の欲』を知るための雑談」に焦点を当ててみましょう。
大事にするものを自分で決める
マンツーマンの雑談を通じて著者がいちばん伝えたいのは、「自分で選ぶこと、決めることをあきらめないでほしい」ということなのだそうです。
一緒にいる人を、仕事を、信頼する相手を、時間の使い方を、ことばを、食べるものを、考え方を、美しさを、得る知識を、お金の使い道を――すべて自分で決めていいんだよ、と言い続けたいというのです。
これはまさに、過去の自分に向けて言いたいことばかりだ。内省ばかりして、自分のことを知ったつもりになって、「ないものはないから仕方がない」と諦めていた、かつてのわたしに言いたい。(212ページより)
欲を無視して「なかったこと」にしたところで、傷つくことは避けられませんし、どこに行くこともできません。どこに行きたいのかわからない人は、どこへ行っても居心地が悪いことでしょう。
そういう意味でも大切なのは、雑談をしながら、「いったい自分はどうしたいのか」についての“欲”を知ること。そして、「なにを大事にするのか」を自分で決めること。そうした体験を、一緒にできることこそが理想的であるわけです。(212ページより)
自分の欲に責任を持つ
自分で決められるようになるためには、練習を重ねるしかありません。そこでまずするべきは、「いかに自分で決めていないか」を自覚すること。
誰かに決めてもらおうとしたり、他者からの評価に自分の価値を委ねたり、人のせいにしたりと、“他人のプールに入り込んでいること”に気づかなければいけないのです。
自分にとって当たり前のやり方は、自分ひとりでは自覚しにくいもの。馴染みすぎているだけに、「私はこういう性格だから」と勘違いしてしまう可能性があるからです。
たしかにそこに意思はなく、自動的にそう動いてしまっていると感じるのはわかる。しかし、自分が他人のプールに飛び込んでしまっている――そんな選択をしているのだと気が付かないと、他のやり方を学べない。(213ページより)
著者自身、そのことを自覚したときにはかなりショックだったそう。「ずっとまわりのせいで不幸だと思っていたけれど、自分でそうしていたのかも」と驚き、認めるのがとてもつらかったと振り返っています。
しかし、つらいけれども、そうした自覚を持つことが「自分で決める」道への第一歩だったようです。
当然ながら、「自分で決める」ことには責任が生じます。相応のリスクを負うことにもなるでしょう。人のせいにして自分で決めていなかったことで、その責任から逃れていたのだという事実を突きつけられるのも、決して楽なことではありません。しかしそれでも、責任は目を背けるべきものではないのです。
何に責任を持つのかと言えば、行動に対してではない。行動すれば、うまくいかなかったときのリスクは負うものだが、行動に責任を持とうとすれば、いわゆる自己責任論に通じる厳しさがつきまとい、行動しにくくなるだけだ。責任を持つべきは、「自分の欲」だ。他人がどうだろうと自分はこうしたいのだという気持ちに責任を持って、それを叶えるための行動を決めるのだ。(214ページより)
自分で決めて責任を持つことができれば、あとはその欲を叶えるだけ。そのために、自分が決めたことを“自分との約束”として守ればいいのです。
なお、著者は「いい環境」に身を置くことの重要性を説いています。
ここで言う「いい環境」とは、つまり「誰と関わるか」ということだ。古いクセを取り、新しいクセをつけ、自分の欲を知るためには、他者が必要なのだ。(216ページより)
だからこそ他者との雑談を通じ、自分自身を客観的に、見つめなおしてみることに意味があるわけです。(213ページより)
大きなモヤモヤをそのままにして避けていたのでは、なにも解決できません。だから雑談を通じていろいろなことを話しつつ、自分の内部にあるモヤモヤの実体を知る必要があるのでしょう。自分ひとりではどうしようもできないなにかがあるなら、まずは本書を読んで解決の糸口を見つけてみるのもいいかもしれません。
著者紹介:印南敦史
作家、書評家、音楽評論家。1962年東京都生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ライフハッカー・ジャパン」で書評連載を担当するようになって以降、大量の本をすばやく読む方法を発見。年間700冊以上の読書量を誇る。「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「サライ.jp」などのサイトでも書評を執筆するほか、「文春オンライン」「qobuz」などにもエッセイを寄稿。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちにPHP文庫)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)など多数。最新刊は『現代人のための読書入門 本を読むとはどういうことか』(光文社新書)。@innamix/X
Source: 新潮新書


























