【書方箋 この本、効キマス】戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」 斉藤 光政 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」

『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」』

著者
斉藤 光政 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784087458527
発売日
2019/03/20
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【書方箋 この本、効キマス】戦後最大の偽書事件「東日流外三郡誌」 斉藤 光政 著

[レビュアー] 濱口桂一郎(JIL-PT労働政策研究所長)

嘘を晒した記者の奮戦

 「東日流(つがる)外三郡史」とは、青森県五所川原市の和田喜八郎という炭焼き農家の屋根裏から落ちてきた、行李2つに詰められたという古文書である。そこには、古代の大和王権から迫害された民が津軽に繁栄していた歴史が書かれていた。

 旧市浦村から『市浦村史資料編』として刊行されたこの「古文書」は、1980年代の古代史ブームのなかで注目され、多くの関連書が刊行されるとともに、高橋克彦の東北史関係の伝奇小説にも取り上げられ、多くの人がこれを半ば歴史的真実だと信じるようになった。

 地元紙「東奥日報」でサツ回り記者をしていた著者は、たまたま和田に対する盗作民事訴訟の取材から、この「古文書」をめぐる奇奇怪怪の人間模様に巻き込まれていく。素直に奇妙なことを奇妙と思い、その周辺を地道に取材して記事を書くと、猛烈な反発を受けるようになる。和田の口車に乗って、東北各地の自治体が根拠のない資料や遺物を買い取らされたり、立派な施設をつくったりしていたのだ。しかし、その肝心の「古文書」はおかしなことだらけだった。

 たとえば、東日流外三郡誌を執筆したのは江戸時代の秋田孝季ということになっているけれども、そのなかには明治時代以降、いや戦後になってからつくられた言葉すら頻出していた。

 その極めつけは「天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず」という名文句が登場することだ。いやそれは福沢諭吉の言葉だと批判されると、和田は曾祖父和田末吉宛の福沢諭吉の手紙なるものを出してくる。ところがこれは、福沢が自著を「学文之進め」と表記し、(門外不出のはずの)古文書を見せてもらったなかにあった台詞を引用させてもらったと謝意を示すものだった。これをめぐって、当時慶應義塾福沢研究センター長を務めていた労働経済学者の西川俊作まで振り回された。

 和田はその膨大な古文書の原本を絶対に見せようとしなかった。しかし、そのコピーをみれば、字体や誤字の癖などすべてが、和田喜八郎自身の書いた字とそっくりだった。

 筆跡鑑定からすれば、秋田孝季とは和田喜八郎自身以外の何者でもなかった。さらに古文書と言いながら、戦後生産された版画用の和紙が使われ、墨を塗りつけて古めかしくしていた。

 こうした事実を一つひとつ積み上げて、著者は多くの記事を書いていき、和田やその擁護者から憎まれていく。その代表が、昭和薬科大学教授の古田武彦だった。そして、著者と二人三脚で真実を明らかにしていったのは、古田の下で助手をしていたが、偽書に固執する師匠に決別した原田実だった。

 多くの主流の歴史学者があえて言及を避け続けるなかで、大衆文化のなかで異様に繁殖していき、地域興しのネタに飢えた自治体が次々に引っ掛かっていくという悲喜劇に対して真正面から取り組んだのは、心ある在野の歴史研究者と地元紙の新聞記者だけだったのだ。

(斉藤 光政著、集英社文庫 刊、税込990円)

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

労働新聞
令和7年12月1日第3523号7面 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

労働新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク