今を、そして未来を生きる女性たちへ。ユーミンの物語は力を与えてくる。山内マリコ『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』【評者:酒井順子】

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すべてのことはメッセージ 小説ユーミン

『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』

著者
山内マリコ [著]
出版社
マガジンハウス
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784838771158
発売日
2025/11/06
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

今を、そして未来を生きる女性たちへ。ユーミンの物語は力を与えてくる。山内マリコ『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』【評者:酒井順子】

[レビュアー] 酒井順子(エッセイスト)

時代を切り拓いたポップスター、松任谷由実=ユーミンの少女時代を描いた『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』を、『ユーミンの罪』の著者、酒井順子さんが読み解きます。日本はいかにして、「ユーミン」を生み出したのか。「ユーミン」はいかにして、時代を生み出したのか。

(※以下は『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』の文庫解説を抜粋したものです)

 ***

 東京郊外の街・八王子に生まれた一人の少女が、歌手としてデビューするまでを描いた『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』。「すべてのことはメッセージ」は、荒井由実の三枚目のシングルにして、アルバム「MISSLIM」に収められた「やさしさに包まれたなら」にある一フレーズです。

 タイトル通り、荒井由実という少女が、目に見える光景、耳にする音楽、肌に感じる湿度……等々、五感から得るメッセージを糧として成長していく様子が、本書には記されています。ユーミンという稀代の才能は、どのような時代に、どのような地で育まれていったのか。著者はその少女期に受けた大波小波を丁寧に、そして華やかに紡ぎました。

 娘は母親の作品である、という言葉がありますが、本書でまず気になるのは、由実の母・芳枝の存在です。大店の家つき娘で婿をとっている芳枝は、店の仕事で多忙な一方、映画や舞台、芸事も大好きという自由な女性でした。

 芳枝は、次女の由実には、何でも他の人とは違うことをさせています。「由美」ではなく「由実」という名をつけたのが芳枝だという事実にも、その感覚はよく表れています。

 一九九一年、すなわち第二次ユーミンブームが最高潮に達している時、「月刊カドカワ」では「総力特集 松任谷由実 永遠を探して」と題した大特集を組んでいます。その中のインタビューでユーミンは、子供の頃から自分が持つ尋常ならざる能力に気づいていた、と語っていました。そのことについて母親に相談すると、「これを読みなさいって渡されたのが吉川英治の『宮本武蔵』(笑)」。

 かくしてユーミンは、戦わないことの道、剣を抜かずに済むための方法論としての武士道を知るに至ったのだそう。まさに、この母にしてこの娘あり、というエピソードです。
 
 とはいえ由実は、母親以外にも多くの人々の影響を受けて育ちました。早熟な視線を身につけたのは、忙しい母親の代わりとなった女中の秀ちゃんをはじめとし、多くの大人の中で育ったせいもあるでしょう。

 お稽古事も、由実の人生に大きな意味を持ちました。六歳の六月六日からピアノのレッスンを始めると、

「ピアノが鳴らす音に、色が見えた」

 という状態に。由実がその後、音と色と深い関係を持ちながら生きるようになることを、私達は知っています。
 
 歌舞伎を見て地方の三味線に興味を持てば、三味線のお稽古にも通うことに。清元の師匠であるきげっつぁんは、『夕立』を由実に語らせると、
 
「いま、ちゃんと夕立降ってたかい?」

 と尋ねるのでした。夕立が降ることによって空気は変わる、との話を聞いた由実の頭に浮かんだのは、隅田川の河岸に佇む江戸の女の姿。
 
 私はこのシーンを読んで、「ここから来ているのか」と思ったことでした。ユーミンの歌を聞けば、歌われる場面がこちらの脳裏に鮮やかに立ち上がり、自分がその中にいるような気持ちになるもの。著者はこのように、ユーミンの歌が持つ数々の特徴のルーツがどこにあるのかを、各所で明らかにしていくのでした。

マガジンハウス 書籍編集部
2025年12月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

マガジンハウス

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