『デンさんのプール』
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「未来を作る教育者」のあり様を愛情 深い筆致で浮かび上がらせた好著
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
本書の舞台である大阪の茨木中学は、後にノーベル文学賞を受賞する川端康成やジャーナリストの大宅壮一が学んだ旧制中学だ。
大正の初め、この学校の体操教師・杉本傳は、グラウンドにプールを掘るという大胆な試みを行う。当時、生徒だった川端が細い躰でもっこを担ぎ、大宅が必死に水車を踏んで作ったその「水泳場」は、日本で最初の近代プールであった。本書はそんな伝説的な教師である杉本の知られざる生涯を、自身も現・茨木高校の卒業生である著者が、丹念な調査・取材によって描いた評伝作品である。
水泳場の完成後、杉本は当時日本では一般的でなかったクロール泳法を米国から導入。指導者として数々の競泳選手を育て上げた。その功績には素晴らしいものがあるが、それにも増して読んでいて心惹かれるのは、名指導者である彼が体現した「未来を作る教育者」としてのあり様を、著者が愛情深い筆致で浮かび上がらせていくことだった。
〈優れたアスリートは優れた文化人でなくてはならない〉
〈肉体は野蛮的に、精神は文明的に鍛えよ!〉
そうした名言の数々を残した杉本は、身体能力を知力や文化と切り離さず、人間を総合的に育てようとする独自の教育哲学を持っていた。ゼロから未来を創造するパイオニアの精神、「ないものは工夫して、自分たちで作ればいい」という探求の心――。ドジョウやウナギが泳ぐ手作りのプールで暗くなるまで練習した生徒たちに、ドラム缶で煮込んだビーフシチューを食べさせる場面などは、ユーモラスで豪快な彼の姿を示す多くのエピソードの一つだろう。
杉本は自ら調べた泳法やプール作りのノウハウを惜しみなく全国に伝え、日本の近代競泳の発展に貢献した。「デンさん」と親しみを込めて書く著者の敬愛に満ちた眼差しが胸に響く、清々しい気持ちになるノンフィクションだ。


























