中学校の校庭に掘られた「日本初の近代プール」 もっこを担ぐ川端康成、水車を踏む大宅壮一…伝説の生徒を指導した「伝説の教師」伝

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

デンさんのプール

『デンさんのプール』

著者
大野 裕之 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093898218
発売日
2025/11/05
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「未来を作る教育者」のあり様を愛情 深い筆致で浮かび上がらせた好著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

 本書の舞台である大阪の茨木中学は、後にノーベル文学賞を受賞する川端康成やジャーナリストの大宅壮一が学んだ旧制中学だ。

 大正の初め、この学校の体操教師・杉本傳は、グラウンドにプールを掘るという大胆な試みを行う。当時、生徒だった川端が細い躰でもっこを担ぎ、大宅が必死に水車を踏んで作ったその「水泳場」は、日本で最初の近代プールであった。本書はそんな伝説的な教師である杉本の知られざる生涯を、自身も現・茨木高校の卒業生である著者が、丹念な調査・取材によって描いた評伝作品である。

 水泳場の完成後、杉本は当時日本では一般的でなかったクロール泳法を米国から導入。指導者として数々の競泳選手を育て上げた。その功績には素晴らしいものがあるが、それにも増して読んでいて心惹かれるのは、名指導者である彼が体現した「未来を作る教育者」としてのあり様を、著者が愛情深い筆致で浮かび上がらせていくことだった。

〈優れたアスリートは優れた文化人でなくてはならない〉

〈肉体は野蛮的に、精神は文明的に鍛えよ!〉

 そうした名言の数々を残した杉本は、身体能力を知力や文化と切り離さず、人間を総合的に育てようとする独自の教育哲学を持っていた。ゼロから未来を創造するパイオニアの精神、「ないものは工夫して、自分たちで作ればいい」という探求の心――。ドジョウやウナギが泳ぐ手作りのプールで暗くなるまで練習した生徒たちに、ドラム缶で煮込んだビーフシチューを食べさせる場面などは、ユーモラスで豪快な彼の姿を示す多くのエピソードの一つだろう。

 杉本は自ら調べた泳法やプール作りのノウハウを惜しみなく全国に伝え、日本の近代競泳の発展に貢献した。「デンさん」と親しみを込めて書く著者の敬愛に満ちた眼差しが胸に響く、清々しい気持ちになるノンフィクションだ。

新潮社 週刊新潮
2025年12月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク