『ジャスティス・マン』
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<書評>『ジャスティス・マン』佐藤厚志 著
[レビュアー] 横尾和博(文芸評論家)
◆「正しさ」に駆られる男の悲劇
正義とは何か。世界は善悪の垣根が低くなり戦争やテロ、虐待やいじめ、偽情報や誹謗(ひぼう)中傷が蔓延(まんえん)する。強い者が声高に威嚇して我を通し倫理、規範、礼節が失われ、モラハラやパワハラも散見される。社会や個人の歪(ひず)みはなぜ起きるのか。いま正義はどこに存在するのだろう。
本書の語り手は「俺」。仙台にあるホテルの客室課長の大山茂だ。仕事熱心で毎朝体を鍛えるジャスティス体操を行う。ホテルでは部下を「正しく指導」し接客に気を配り、有用な人物と自己評価が高い。彼は自分が「正義」を行うジャスティス・マンだと固く信ずる。世の不正や誤りを正すことが自分の使命だと確信をもつ。だが妻とは子どもができずに不和で、彼女は木製人形のように感情を喪失した木人(もくじん)と化した。彼は仕事と家庭の鬱屈(うっくつ)により、書店で執拗(しつよう)なモラハラ行為に及ぶ。やがて勤務先で騙(だま)され、失意と敵意の末に妄想を膨らませ、ドン・キホーテさながら悪の巣窟のホテルに突撃する。
異常な行動に駆られた大山は悲劇のアンチヒーローだ。彼は考える。「人は生きているだけで責任が生じる」「誰もが自分のことしか考えない。他人に関心を持たず、不正を見て見ぬふりをする」「弱さは悪だ。弱い人間は日常に耐えられず、非日常を渇望する」と。彼の「正義」の裏側には明確に現代社会の病がある。彼を嘲笑できるのか。
彼はドストエフスキー『地下室の手記』の自意識過剰な中年男に酷似する。本書冒頭部分で彼は「とても幸せな人間だ」と語る。一方「わたしは病的な人間だ…意地悪な人間だ」と始めるのは地下室男。ふたりとも自己承認欲求が強く、妄想癖があり周囲には異端者として映る。19世紀の近代化が進むなかで孤立する地下室人間と、21世紀の消費資本主義下の大山。寂しいふたりは社会の犠牲者だ。本書には悪意と不穏さが満ちる。ジャスティス・マンにはなれないが、私たちはもう一度厳粛になり、「正しさとは何か」を考えるべきである。読後の率直な問いだ。
(文芸春秋・2200円)
1982年生まれ。作家。『荒地の家族』で芥川賞。『象の皮膚』など。
◆もう1冊
『正義の人びと』カミュ著、中村まり子訳(藤原書店)。「正義」の考え方を深める戯曲。


























