『最先端研究でわかった頭のいい人がやっている言語化の習慣』
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【毎日書評】「なぜ?」と問うだけで定着する。エビデンスに基づいた一生モノの学び方
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
たとえば手術を受けることになったとき、医師から「成功率は90%です」と言われたときと、「失敗率は10%です」と言われたときとでは印象がまるで違うはず。確率は同じなのに、ことばの使い方ひとつで安心できたり、あるいは不安になってしまったりするわけです。
言語学者である『最先端研究でわかった 頭のいい人がやっている言語化の習慣』(堀田秀吾 著、朝日新聞出版)の著者が述べているように、記憶や判断はことばひとつで簡単に変わってしまうのです。
自分の中にある感情や考えをことばに落とし込んでいく「言語化」は、私たちの生活や人生のあらゆる営みに関わってきます。
ことばとは、単なる「説明の道具」ではありません。ことばは、私たちの内側の世界と外の世界をどう理解し、どう進むかを示してくれる、極めて柔軟で強力なコンパスです。(「はじめに」より)
そこで、世界中の研究から得られたエビデンスをもとに、“言語化の力がどれほど人生を変えるか”を実践的に紹介しているのが本書。
ポイントは、さまざまな角度から「言語化」にアプローチした、多くの研究が紹介されていること。読者はそれらを参考にしながら、「どのような習慣が大切なのか」を確認することができるわけです。
全部の習慣をやってみようと思う必要はありません。ほんの少し、「ことばにしてみる」ことを意識するだけで、世界の見え方が、ほんのりと変わりはじめます。(「はじめに」より)
きょうは第2章「『よい言語化』を心がける」のなかから、2つのトピックスを抜き出してみたいと思います。
「ポジティブなことば」が脳のスイッチを入れる
程度の差こそあれ、ネガティブな発言をしたくなることは誰にでもあるもの。しかし著者によれば、「ネガティブなことばを無意識に口にしている方は要注意」だそう。ことばは、ただの音ではないからです。
声に出して発したことばは、脳に直接働きかけ、感情や思考、さらには身体の反応にまで影響を及ぼすことが、近年の脳科学や心理学の研究で明らかになっているというのです。
ネガティブなことを言う、特に、ネガティブな感情について話すことで、参加者はより多くの課題の間違いを犯し、心拍数も高くなり、自律神経にも影響があることがワシントン大学のバーブリッジらの研究によって明らかになっています。(69ページより)
また、トーマス・ジェファーソン大学病院のニューバーグとロヨラ・メリーマウント大学のウォルドマンの研究では、「希望」「愛」「平和」のようにポジティブな語は、脳内の前頭前皮質を活性化させ、自己制御・意欲・共感といった機能を高めることが示されているのだといいます。
興味深いのは、逆に「無理」「ムカつく」「最悪」といったネガティブな語は、感情と深く関わる扁桃体を刺激し、不安や攻撃性を高め、思考の柔軟性を下げてしまうということ。
それだけではありません。マリアグジェゴジェフスカ大学のカジミェルチャクらによれば、ネガティブなことばをより多く使う人は、時間の経過とともに抑うつや不安の症状が悪化する傾向が強く見られるようなのです。一方、ポジティブなことばをより多く使う人は、症状がわずかに改善する傾向が見られることも報告されているそうです。
納得できる話ではありますが、つまり「前向きなことば」は、脳のなかでも前向きな反応を示すスイッチになっているということなのでしょう。(69ページより)
「なぜ?」という問いが、知識を「知恵」に変える
知識は、ただ蓄えるだけでは生きた力になりません。たとえば、料理のレシピを覚えても、実際に作って、味を確かめなければ、「自分の料理」にならないのと同じです。
大切なのは、得た情報をいったん壊し、自分の中で意味づけし直すプロセスです。そこで決定的な役割を果たすのが、「なぜ?」という自身への問いです。(81ページより)
ここで引き合いに出されているのは、イェール大学のローゼンブリットとケイルが提唱した「説明の深さの錯覚」。あることがらについて「自分はよくわかっている」と思い込んでいる人が、いざ「詳しく説明してみてください」と問われると、うまく説明できないという現象です。
しかし、自分自身で「なぜ?」と問えば、そうした自身の理解の浅さや穴に気づくことが可能。「なぜ、これは正しいのか?」「なぜ、うまくいくのか?」といった問いを立てることによって、私たちの思考は“受け取った知識の表面をなぞる段階”から“それを自分の文脈に照らして理解しなおす段階”へと移行することができるのです。
問いかけによって知識を再構築するプロセスは、表面的な理解を、応用可能な知恵へと変えていく鍵になります。たとえば、ある理論やスキルを「そのまま覚える」のではなく、「これはなぜ有効なのか?」「他の場面にも応用できるのか?」と自問することで、知識が「自分仕様」にカスタマイズされていきます。(82ページより)
これは、教育心理学における「生成効果」とも関係しているのだそうです。ただ与えられた答えを読むだけでなく、自分で問いを立てたり説明したりして情報を生み出す――。そうすることで情報の記憶定着率が高まり、理解も深まるという現象のことだといいます。
忘れるべきでないのは、知識の価値は量ではなく構造にあるということ。たとえ情報が豊富でも、それらがつながっておらず、応用の効かない「断片」でしかないとしたら、それは本当の知とはいえないわけです。
「なぜ?」という自分自身の知識への問いかけは、既存の知識を自分の価値観や経験と照らし合わせながら再編集し、再構築するためのツール。自分に問うて応える力こそが、学びを深め、知識を自分のことばで語れる力となっていくのです。(81ページより)
著者は、「ことばを持つ人は、強く、やさしく、しなやかである」ということを実感しているそう。本書をきっかけとして「まだことばになっていないもの」と出会い、視野を大きく広げたいところです。
著者紹介:印南敦史
作家、書評家、音楽評論家。1962年東京都生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ライフハッカー・ジャパン」で書評連載を担当するようになって以降、大量の本をすばやく読む方法を発見。年間700冊以上の読書量を誇る。「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「サライ.jp」などのサイトでも書評を執筆するほか、「文春オンライン」「qobuz」などにもエッセイを寄稿。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちにPHP文庫)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)など多数。最新刊は『現代人のための読書入門 本を読むとはどういうことか』(光文社新書)。@innamix/X
Source: 朝日新聞出版


























