夫を殺してしまった…犯行を隠蔽した妻の顛末とは?「掌の上でいいように転がされる」伊坂幸太郎の長編ミステリー

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[本の森 ホラー・ミステリ]伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』/呉勝浩『アトミック・ブレイバー』/松嶋智左『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 伊坂幸太郎の書き下ろし『さよならジャバウォック』(双葉社)は、著者がミステリで最重要視する“驚き”を備えた長篇。

 量子は結婚後、夫の転勤に伴い仙台に引っ越した。子供は一人。だが、転勤後の夫は冷たくなり、外泊が増え、暴言も吐くようになった。それがついに暴力にまで至り、量子は反射的に夫を殺してしまった。自宅に横たわる死体を前に途方に暮れる量子。そんな彼女のもとに、最近再会した大学時代の後輩が訪ねてきた。彼は、量子の問題を解決しようと動き出す……。

 量子を主人公とするサスペンス小説は、犯行の隠蔽というかたちでスタートするのだが、そのまま真っ直ぐには進まない。ほどなく別のスリルへとかたちを変えるのだ。夫殺しを入り口に、一体量子はどんな嵐に巻き込まれてしまったのか。量子も読者も先の読めないかたちで、しかしながらたっぷりの疾走感で物語は進んでいく。そしてそこに、もう一人の語り手である斗真の物語が織り込まれる。二十五年前に引退したミュージシャン伊藤北斎のマネージャーを務める彼が、伊藤の娘が抱えた問題の解決を支援するのだが、こちらのストーリーもまたすぐに変容していく。量子と斗真の物語がどう決着するのか予想できないまま読み進めるうちに、音楽の熱さや力に胸を打たれ、やがて見えてくるある世界に戦慄し、そして驚く。さらに納得と満足。要するに、伊坂幸太郎の掌の上でいいように転がされるのだ。その快感たるや極上。必読の一作だ。

 呉勝浩の新作長篇『アトミック・ブレイバー』(光文社)は、小型核爆弾を用いた世界同時多発テロから二十七年後、平凡なサラリーマンである与太郎が底知れぬ陰謀に巻き込まれる冒険活劇。これまた展開が読めない小説だ。与太郎自身に次々と降りかかる危機を軸とするストーリーが、個人支援型AIや対戦型格闘ゲーム等のガジェットで彩られ、しかもそれらが単なる彩りに終わらずに物語の本質に関わってくるという嬉しい造りになっている。危機やガジェットが生み出す新鮮な刺激を支える近未来世界の構築も強固で抜かりはない。そのうえで、与太郎の造形が素晴らしい。リーダー型でもヒーロー型でもないが、平凡な者ならではの才能を持つ。そんな愛すべき主人公が、気宇壮大で奇想天外な陰謀を戦い抜く物語を、是非堪能あれ。

 元警察官で白バイ隊員だった松嶋智左の『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』(文春文庫)は、長期入院から復帰したばかりで体力ゼロの四十代の女性刑事・弓木瞳と若手の男性刑事のコンビを描く短篇集。二人が捜査に携わるなか、男性刑事が見逃した情報を瞳は見逃さず事件を解決に導くという流れを基本としつつ、それぞれに味の異なる五つのミステリが並ぶ。瞳の着眼点に魅了され、彼女が見抜く真相にも驚かされる。殺人事件の謎解きは一篇だけ。程よいユーモアもあって安心して愉しめる作品集だ。

新潮社 小説新潮
2026年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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