レーニンからエリツィンまで。歴代為政者の「悪党」ぶりを秤にかける

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悪党たちのソ連帝国

『悪党たちのソ連帝国』

著者
池田 嘉郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784106039386
発売日
2025/11/27
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

レーニンからエリツィンまで。歴代為政者の「悪党」ぶりを秤にかける

[レビュアー] 亀山郁夫(ロシア文学者・名古屋外国語大学長)

 この地球上のいずこにも存在しない「理想」の国家が、今やグロテスクな亡霊と化して、ユーラシアの大地をのし歩く。かつてマルクス、エンゲルスが夢見た共産主義の妖怪ならぬ、「ソ連帝国」という名の亡霊である。

 池田嘉郎の最新著『悪党たちのソ連帝国』は、来るユートピア国家のあるべき姿が、為政者の錯誤と恣意によっていかに歪められ、ついには滅亡に導かれたかを詳らかにする。俎上に上るのは、レーニンからエリツィンに至る歴代の為政者七名。その一人ひとりに、創始者、育成者、攪乱者、大成者、矯正者、破壊者、蘇生者といった含蓄あるレッテルが付与される。皮肉にも、その「総仕上げ」ともいうべき最後の「悪党」プーチンには、「再建者」の美名が奉られる。

 読後、最も深く胸に刻まれたのは、ソ連帝国が、いかに不幸の星のもとに生まれたか、ということである。為政者の錯誤と恣意は、「家族共同体」のもとでささやかな安寧を願う民衆に桁外れな犠牲を強いた。二千七百万人の死者を生んだ独ソ戦、そして大テロルから大飢饉、核汚染まで、あらゆる災厄が彼らの頭上に降り注いだ。あたかも、為政者の驕りを罰する天誅のごとく。

 こうして帝国が辛うじて命脈を保った七十四年の歴史を、池田は「ジグザグ」と「連続性」の撚糸ととらえ、冷静に語り継いでいく。レーニンの非道を一切の感傷ぬきで描きつつ、「悪党」の権化であるスターリンの先見性に公正な目配りをきかせる。「雪解け」の立役者フルシチョフへの手厳しい評価と対比的に、「大成者」ブレジネフの巧みな人心掌握術に注目する。KGB出身アンドロポフは、卓越したバランス感覚の持ち主だったが、その彼がバトンを託したゴルバチョフは過剰な理想主義ゆえ早々に挫折し、帝国崩壊の道を開いた。ただし彼に冠せられた「破壊者」のレッテルは、どこまでも両義的と理解すべきだろう。

 池田はこうして、為政者の「悪党」ぶりを一人ひとり秤にかけていくが、帝国崩壊の責任を彼らのみに負わせるわけではない。沈黙する民衆を半ば聖域に置きつつ、本来その後見人としてあるべき知識人にも、「悪党」の片鱗を見、共犯性を嗅ぎとる。

 では、「悪党」の本質とは何か。ひと言でいえば、アナーキー。率直に言えば、場当たり主義。絶大な権力を手にした為政者と、権力に歯向かう知識人のアナーキー比べに勝敗はなく、あるのは狎(な)れあいのみ。ウクライナ戦争によって露呈したロシアの病根もまさにこの、出口なしという歴史的宿命に根ざしているのだ。

新潮社 週刊新潮
2026年1月15日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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