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すばらしい翻訳で読み継がれる希代のストーリーテラー・サリンジャーの文庫作品たち
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
先日、ある高校生と話をした。彼はJ・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳、白水Uブックス)と『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(村上春樹訳、白水社)の翻訳を比べ、かつ自分でも一部分を訳してみたそうで「野崎訳は主人公のホールデンの心情が強く分かる。村上訳は日本語としてすごく整頓されている印象」と話してくれた。「ホールデンは年の割に純粋すぎると思うけど、思考をすべてぶちまけるような、不安定な語りが好きだ」とも。たしかに、と笑いながら、読み継がれるという現象を自分は今体感しているのだと思った。サリンジャーの成しえる技だ。
『彼女の思い出/逆さまの森』はサリンジャーの初期の短編9つを収めた作品集。金原瑞人さんのすばらしい翻訳が読みやすさを担保している。少年と少女の哀しい恋物語があり、若い夫婦が生活苦ですれ違う話がある。自己肯定感の低い男子が素敵な女子に片思いをする「ボーイ・ミーツ・ガールが始まらない」は、オチにくすっと笑ってしまう。
もっとも長い一編「逆さまの森」はドラマティックだ。雑誌編集者のコリーンは、かつて好きだった貧しい家の子・フォードが有名な詩人になっていたことを知る。再会したフォードは見栄えのいい、芸術家らしい潔癖さを持つ大人に成長していた。コリーンは注意深く距離を縮め、ほどなくして結婚にこぎつける。しかし……。
幸せなはずの生活に不穏をもたらした一通の手紙。二人の顛末を語る人物の正体。「彼はきみを愛していないよ、コリーン」と述べるその人物の視点が物語に奥行きと切なさを与えている。サリンジャーのストーリーテラーとしての魅力を堪能できるだけでなく、『フラニーとズーイ』(村上春樹訳、 新潮文庫)等、後年の作品からも感じ取れる独特の繊細さ、生真面目さも存分に味わえる。どこか不思議なタイトルの意味が読後に脳内でじわじわと想像を広げ、まさに詩的。
前述の高校生にも是非読んでもらいたいと思った。フォードについて、彼はなんと言うだろうか。























