【書方箋 この本、効キマス】欲望の見つけ方 ルーク・バージス 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

欲望の見つけ方

『欲望の見つけ方』

著者
ルーク・バージス [著]/川添 節子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784152102157
発売日
2023/02/21
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【書方箋 この本、効キマス】欲望の見つけ方 ルーク・バージス 著

[レビュアー] 塚越健司(学習院大学 非常勤講師)

「模倣の欲望」に自覚を

 情報社会学を専門とする筆者にとって、「欲望」は重要なワードである。2026年もSNSではさまざまな欲望が溢れている。自己顕示欲や承認欲求ばかりではない。一見すると正当な批判にみせかけて、その実は剥き出しの嫉妬に駆られた攻撃欲求が、行間から垣間見えるものもある。

 本書は若くして起業で成功した著者ルーク・バージス(1981年~)が、自身の体験も踏まえながら、フランス出身の文芸批評家ルネ・ジラール(1923~2015)が提唱した「模倣の欲望」について書いたものである。

 模倣の欲望とは何か。たとえばあなたが定食屋に入店したとする。メニューが決まらない中、友人が「生姜焼き定食」と言った瞬間、「生姜焼きが食べたかった」と思った経験はないだろうか。この時あなたは、もともと生姜焼きが食べたかったのだろうか。それとも、友人が言ったから食べたくなったのか。あなたの欲望はどこから来たのか。本書はこのように、欲望を「模倣」から考える。

 SNSには「模倣の欲望」が溢れている。他人が身に着けた商品が無数に散らばり、TikTokを開けば流行りのダンス動画が量産され、自分もインフルエンサーになりたいと誰かの過激な文章をコピペして投稿したくなる。

 一方、模倣に嫌気を感じると、そこから新しいものを求めて競争が生まれる。だが、他人と一緒は嫌だという欲望もまた「模倣」である。人と違っていたいという欲望もまた「人と同じ」というわけである。

 このように、現代社会の欲望は「他人の欲望を欲望すること」とも言える。模倣は人を介して全世界に感染する。不安定な国際政治における政治家の領土的野心も、誰かの欲望の模倣ではないのか。

 模倣の欲望論を提唱したジラールの影響を強く受けた人物に、IT界の大物、ピーター・ティールがいる。彼はイーロン・マスクとも関係が深く、トランプを2016年の選挙の時点で支援した人物だ。ティールの投資や支援を受けてきたJ・D・ヴァンスは、今や第二期トランプ政権の副大統領である。

 ティールは模倣の欲望を深く理解する。模倣が競争と敵意と対立を生み、敗者を量産する。故にティールは常々「競争するな」と主張し、代わりに誰もやらなかった領域で独占的な地位をめざせと論じる。評価の分かれる人物だが、彼のこうした視点は、新興企業の多いアメリカのIT業界で称賛されている。

 著者のバージスは模倣を全否定することはない。模倣から距離を取るだけでなく、企業経営においても、模倣のルール設定の必要を説く。いずれにせよ、自らの「模倣の欲望」に自覚的であることが求められる。しかし、SNSを介して伝染する模倣の欲望は、その速度があまりに速い。反応する前に立ち止まること。そのわずかな間を取り戻すことこそが、本書の静かな、しかし切実な提案である。

(ルーク・バージス 著、川添 節子 訳、早川書房 刊、税込2640円)

選者:学習院大学 非常勤講師 塚越 健司(つかごし けんじ)
専門は情報社会学。著書に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』など。テレビ、ラジオの出演多数。

労働新聞
令和8年1月19日第3529号7面 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

労働新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク