『いくつもの武蔵野へ 郊外の記憶と物語』
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<書評>『いくつもの武蔵野へ 郊外の記憶と物語』赤坂憲雄 著
[レビュアー] 赤坂真理(作家)
◆「よるべなさ」という原風景
「東京は、3%の江戸と、97%の武蔵野でできている」。ためしにこううそぶく。正確な数字は知らない。これは東京者のわたしの感覚だ。武蔵野は、都市を水や農作物で支える広大な農村部だった。わたしは97%の出身者として、東京のことを質素で寂しい場所だと感じていた。
武蔵野とは、古くから「移民の大地」であったと赤坂憲雄は言う。大陸を逃れた渡来人、故郷にいられなくなった者たち等を受け入れてきた。武蔵野はそこに故郷を見出(みいだ)そうとした者たちの心のキャンバスともなり、彼らのよるべなさをそのまま具現したように目の前に広がる、荒涼とした大地だった。
『風の谷のナウシカ』の腐海のごとき機能を果たした武蔵野。「東京行」とは糞尿汲(ふんにょうく)みで、朝ごとに甲州街道を東へ走った。都市部の汚物を循環させ、土に返して作物を育て、それをまた都市へと供給する。徳冨蘆花は、失った故郷を武蔵野に求めんとした「美的百姓」であったが、こう言う。「いっさいの不浄は、生命を造る原料である」。大岡昇平の『野火』を語る章に胸をえぐられる。戦争PTSD(心的外傷後ストレス障害)小説とも読める『野火』。歩兵がフィリピンの森で落ち葉を踏み武蔵野を観じる。それが武蔵野の精神病院にいる「狂人」の日記なのだ。落ち葉のかさこそという音、どこかで上がる煙など、彼には不安の象徴でしかない。戦後、他のどこより、多くの傷を抱いたのも武蔵野だろう。
武蔵野は巨大な里山のごとく人の手が入った人為的自然だった。そんな武蔵野にトトロも出た。豊かであるがゆえに脅威な自然と、小人のアリエッティは格闘した。そんな風景が均一に塗り込められていく前の風景を、宮崎駿も太宰治も坂口安吾も描いた。それは現実の風景であるとともに、心象だ。読むわたしの心のひだに、畳まれていた風景がかさこそと展(ひら)かれ、涙が流れる。わたしのよるべなさには、土地の根拠があったと。このよるべなき東京がわたしが根をおろす場所であり心象である。そうわかって、本当に嬉(うれ)しい。
(岩波書店・3080円)
1953年生まれ。民俗学者。『異人論序説』『結社と王権』など多数。
◆もう1冊
『ナウシカ考 風の谷の黙示録』赤坂憲雄著(岩波書店)


























