『叫び』
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銅鐸の音に誘われて出会った師は現代の「聖」か? 今期芥川賞受賞作
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
昨年、夢洲で開催された大阪・関西万博という現代的な題材を描きつつ、銅鐸づくりや郷土史を通して、本作では、地方公務員として働く男の時間が、八十年以上前を生きた青年の人生と結びついていく。
恋人と同棲するために大阪・茨木に家を借りたものの、あっけなくふられた早野は、鐘の音に呼ばれるようにして引き合わされた「先生」のもとで銅鐸をつくるようになる。
青銅製の、古代の祭祀に使われたというあの銅鐸である。「先生」は生活保護を受け、かつて独活栽培に使われていた室で暮らしている。現代の「聖」たらんとして饒舌に語り続けるこの「先生」には、怪しさと人をひきつける何かがある。
「先生」に言われて郷土史を研究するようになった早野は、茨木出身で、満州に渡って罌粟栽培を広めようとした川又という青年のことを知り、いつしか川又と早野の人生が交差し始める。川又にも師がいて、彼の生きた時代にも、幻に終わった万博があった。
次第に早野の妄想と言えなくもない展開になるが、テンポのよい大阪弁の文章に乗せられ、先へ先へと読み進めさせられる。銅鐸づくりに興味を持つしおりという女性に早野は恋心を抱き、一緒に万博に出かけたところで事件が起きる。
本作は、鳥山まこと「時の家」とともに、先ごろ芥川賞受賞が決まった。「聖」とは何か、選考会でも意見が分かれたという。「先生」いわく「世のため人のため鐘を鳴らしてくれる人」で、今は「官製の聖(評者注・天皇)の勢力」が落ちているので「民間の活力」が必要らしい。
小説内の早野が「聖でないものにはひとが聖かどうかはわからない」と言う以上、「聖」の意味をこれだと言い切ることはできないが、過去に発せられた声にならない叫びを聞き届け、自分ではない誰かに伝えようとする小説家もまた民間の「聖」のひとりではないかと思える。


























