『憤怒の人』
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作家の母は活火山! 突然噴火し、娘は噴煙や溶岩の巻き添えに……
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
去年、佐藤愛子氏は『百一歳。終着駅のその先へ』という本を上梓、多くの人に読まれた。私ももちろん読み、近年多くは書かなくなったものの、それでも「書くことは楽しい」と言い切る姿勢に、さすがは佐藤愛子と感じ入った。
と今度は、同居し、長く作家を見続けてきた娘さんがエッセイ集を出した。これが滅法面白い。面白くないはずがない。何しろ母である作家は「かなわん人だった。うるさい人だった――」のである。
作家は活火山に例えられる。予兆はあるが、多くは突然噴火し、周囲の人、とりわけ娘は噴煙や流れ出る溶岩の巻き添えになる。
楽しい思い出もある。しかし悲惨な思い出はそれを大きく上回るのだ。大家となって行く作家の折々の姿が描かれる。それを娘がどう眺めどう思ったかが。書くべきはすべて書いたと言う作家に、娘はいくぶん安心したが、作家は、認知症に見舞われる。無理もない。作家は100歳を超えているのだ。母が母でなくなってゆく。この心の揺れ動きは、身内に認知症を抱える人に共通するものだろう。
「私が死んだら『お母さんについて書いてくれ』ってあっちこっちから言ってくるよ。そのつもりでな」母は娘によくそう言い、しかしそれはずっと先の話だと著者は思っていた。
「私は腹をくくった。母の気に障ろうがケンカになろうが関係ない。私は母自身が忘れてしまった母を覚えているのだ。それを書く」とあとがきにあり、著者の覚悟のほどが窺える。全編シリアスではない。思わず噴いてしまうシーンも頻出するので安心されたい。
骨折や、すったもんだがあり、作家は施設に入所する。2025年11月5日、作家はそこで102歳の誕生日を迎えた。何人かが向かう。被害者同盟でもあるが、作家を愛してやまない人たちである。さてそこでどんな誕生パーティが行われたのか。


























