「if」にまつわる物語。知的探求心×想像力、現実×虚構が絶妙な文庫作品!

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  • 言語の七番目の機能
  • プロット・アゲンスト・アメリカ
  • 高い城の男

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「if」にまつわる物語。知的探求心×想像力、現実×虚構が絶妙な文庫作品!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 もし○○が××だったらという「if」にまつわる物語が好きな方に推薦したいのが、ローラン・ビネの『言語の七番目の機能』(高橋啓訳)。フランスの思想家ロラン・バルトの交通事故死が、もし謀殺だったとしたら。その理由が、バルトがひそかに入手していた実在する言語学者による未発表原稿を奪うためだったとしたら――。

 というわけで、この小説にはフーコー、デリダ、エーコといった知の巨人たちが登場。言語にまつわる理論の数々を披露するのだけれど、心配しなくて大丈夫。事件を捜査するバイヤール警視が、読者の「わからない」を代弁してくれるから。その助手になる記号学の講師をしているシモン青年が、「わからない」の対象を解説してくれるから。相手が難しい言葉を放つたびに心中で口汚くののしる警視と、そんな教養なき無骨者に振り回される若き学徒という珍コンビが、世界を飛び回ってバルト謀殺と未発表原稿の謎に挑む本書は、まずはサスペンス小説として楽しい作品なのだ。

 リンドバーグといえば、人類初の大西洋単独横断飛行をなしとげた空の英雄である一方で、親ヒトラー派としても知られる人物。フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』(柴田元幸訳、集英社文庫)は、そのリンドバーグが、もしも1940年の大統領選に勝っていたら、という設定で書かれた小説だ。

 ユダヤ人街で、両親、兄と幸福な日々を送っていた7歳のフィリップ。作者は自分の分身である少年とその家族の視点から、リンドバーグと彼を支持する非ユダヤ人によって少しずつ強度を増す迫害の日々を描いていく。排外主義が横行する今の現実社会にとっても絵空事ではない恐怖がこの作品の中にはある。

「if」小説の古典ともいうべき傑作がP・K・ディックの『高い城の男』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF)。もしも第二次世界大戦が枢軸国側の勝利に終わり、世界が日独二国の支配下にあったなら。現実×虚構を微妙なバランスを取りながら描いたディックの代表作なので、未読の方は是非。

新潮社 週刊新潮
2026年2月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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