『今は何時ですか?』
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<書評>『今は何時ですか?』丸谷才一 著
[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)
◆物語の迷宮にさまよう愉楽
昨年生誕100年だった作家の短編集。これまでに単行本に未収録だったもので、雑誌発表当時に話題になった作品から、遺作まで、4編が収められている。
面白い一冊だ。各作品は知的なたくらみに満ちている。小説内小説もあれば、過去と現在が混交する話もある。幽霊も出れば、歴史の決定的な一日の人間模様を描く作品もある。読んでいるうちに、これは現実の場面だったのか、登場人物の作ったフィクションだったのか、戸惑うことがある。この迷宮にさまよう感覚が楽しい。
さまざまな登場人物たちの素顔が見えてくる。作家、レストラン兼バーのオーナー、翻訳家、ヤクザ、学生。巧妙に配された人物たちは次々に連鎖して、響き合う。そこで醸し出される人生の味わい。思わぬ深みや意外な展開。ついつい引き込まれる会話。まさしく、小説の愉楽が味わえるのだ。
手探りで読み進めるうちに、人が生きる意味とは何か、時間の流れをどう考えればいいか、社会と個人はどうかかわればいいのか、と次から次に問いがわいてくる。丸谷が生前よく、「人間の最高の楽しみは考えること」と語っていたのを思い出す。
表題作は女性の直木賞作家が主人公。自分の作品に対する本音の批評を知りたいと渇望している。そんな時に読み巧者のイベント・プロデューサーと知り合い、深い仲になる。ところが、知り合って5年目の夏に、彼は突然に行方不明になってしまう。
12年後、男がいなくなった空虚を埋めるように、主人公は彼を鎮魂する短編を書く。小説のヒロインは元・経済企画庁長官。彼女の薄幸の弟をめぐって、物語がつづられる。時空を往来し、いくつかの人生が浮き彫りにされる。
1925年生まれの小説家といえば、ちょっと思い出すだけでも、三島由紀夫、辻邦生、丸谷才一と数えられる。三人三様に戦争と戦後を体験し、華麗な小説世界を築き上げた。生誕101年の正月を迎えて、そんなことに思いをはせるのも楽しかった。
(新潮社・2530円)
1925~2012年。『年の残り』『たった一人の反乱』など多数。
◆もう1冊
『笹まくら』丸谷才一著(新潮文庫)。徴兵忌避者を通して戦争と戦後を問う長編小説。


























