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ニューエンタメ書評
[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)
文明を題材にした大長編から、料理をテーマにした楽しいミステリまで…エンタメ小説9冊を、書評家・末國善己がご紹介します。
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二〇二六年の最初なので、読書好きなら憧れる“終わらない物語”が味わえるような大長編から紹介したい。
マヤ文明を題材にした恒川光太郎『ジャガー・ワールド』(講談社)は、群像劇で架空の国エルテカを描く六〇〇ページを超える大作である。
エルテカに襲撃され生贄にするため幽閉されたが、謎の女に救われエルテカの戦士になり武勲をあげる少年スレイ。人肉食部族出身でエルテカに捕らえられたが、驚異的な戦闘力から特別誂えの鎧を与えられて「鰐戦士」の異名で呼ばれ、最高神官の護衛にまで出世するドルコ。謎めいた女神官のフォスト・ザマ、反生贄を唱え支持者を増やすレリイら魅力的な登場人物たちが離合集散しながら織り上げていく物語は、合戦のスペクタクル、王族、神官らが繰り広げる陰謀劇、謎の集団ウェラス族の暗躍、宗教、文化、倫理をめぐる知的興奮に満ちた論争があるなどスリリングに進み、長さを感じさせない。
恒川は、時に時間軸を巻き戻し謎めいた人物や悪逆非道な人物らが、どのようにして現在の姿になったのかを描き、善/悪、正/邪などの価値観が絶対的ではないと明らかにしていくので、価値観が揺さぶられるだろう。
後半になると、反生贄主義のレリイたちと、生贄を捧げないと神が天変地異を起こすと信じるエルテカの対立が物語の軸の一つとなる。ある国や民族が守ってきた伝統は、他国や他民族からすれば奇異で野蛮に映るものもあるし、月代を剃っている日本人がほとんどいない現状を見れば、時代によって廃れる伝統もある。現代社会では受け入れられない生贄文化が存在した意味を丁寧に掘り起こしつつ、伝統を残すか変えるかの境界に立たされた人たちの葛藤に迫った本書は、異なる文化をどのように受け入れるのか、残すべき伝統は何で、変える伝統はどのように変え、どのように反対派を説得すべきなのかといった普遍的なテーマを突きつけているのである。
一九七〇年前後の少女漫画雑誌の編集部を舞台にした大島真寿美『うまれたての星』(集英社)も、六〇〇ページを超える大作だ。少女漫画が好きな読者は、作中に登場する辻村ゆきえ、唐津杏子、桐谷晃子、沢つかさらのモデルが誰かを考えながら読むのも一興である。
《週刊デイジー》は漫画が人気になっているが、芸能やファッションなどの記事も多く、漫画専門の《別冊デイジー》が作られた。ただ漫画家の担当編集者は作品の善し悪しがよく分からない綿貫誠治を含め男性だけで、漫画の目利きができる西口克子は懸賞や読者のページしか任せてもらえず、漫画班へ転属したいと考えていた。
《週刊デイジー》から高校生でデビューしたような若い少女漫画家たちは、新しい流れを作って漫画は低俗という常識を覆し、その漫画に励まされた女性編集者たちも男性の補助的な仕事しか与えられない状況に抗い、何より小学生もいる多くの読者に夢と希望を与えていく。少女漫画の歴史だけでなく、女性が社会進出していく歴史も重要な位置付けの本書は、いまだにジェンダーギャップが残る現代日本で働く女性に勇気を与えてくれる。
豊臣秀吉、秀長兄弟に着目した近衛龍春『軍師秀長』上下(毎日新聞出版)を読むと、二〇二六年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』がより楽しめる。
織田信長の居城・清洲から一里半ほど離れた村で農業を営む小竹(後の秀長)は、地道に蓄えを増やして土地を買い、天災がなければ家族が生活できるだけの収穫を得られるようになっていた。そこに幼少時から腰が据わらず諸国を放浪した後に織田信長に仕え、名を木下藤吉郎(後の秀吉)に改めた兄が帰ってくる。出世して家臣が足りない藤吉郎は、小竹に家臣になって欲しいと頼み武士らしい小一郎の名を与える。
武術も戦の指揮も苦手な小一郎だが、出世のため危険な合戦に出る藤吉郎を助けようと実地で学び、兄から「軍師殿」とおだてられたこともあり成長していく。秀吉は大胆な戦略と時に家族を駒にする非情さで天下人へと駆け登っていくが、側近として秀吉を支える秀長はいつまでも農民時代の臆病さを忘れなかった。偉くなっても堅実で謙虚な秀長が、理想の上司に思える読者は少なくないのではないか。秀吉は誰の意見も聞かなくなるが、秀長は諫言を続ける。秀長の助言が的を射ているだけに、結果を知っている現代人はせつなさを感じるはずだ。
和田竜『最後の一色』上下(小学館)は、第三十五回吉川英治文学新人賞、二〇一四年本屋大賞などを受賞した『村上海賊の娘』以来となる十二年ぶりの新作である。
明智光秀の与力(家臣)として丹後に入った長岡(織田信長に仕えた時、細川を長岡に改めたが後に細川に戻している)藤孝と嫡男の忠興は、丹後守護の一色家攻略を命じられる。藤孝は、一色義員を攻め自刃させるが、跡を継いだ五郎は寡兵で長岡の大軍を蹴散らして居城の弓木城に入った。鬼神のように戦い采配も見事な五郎が同じ歳だと知った忠興は、過剰に意識するようになる。
若い読者は、五郎に勝つために文武に打ち込んだり、目をかけてもらっていた信長が五郎を高く評価するようになったことに慌てたりする青春小説の主人公のような忠興への共感が大きいだろうと思えた。足利時代は家臣だった明智光秀が、信長に仕えると上司になったことに忸怩たる想いを抱える藤孝は、成果主義を導入する企業が増えている現代日本を生きる中年以上の読者には、他人事とは思えないのではないか。一方、長岡家が進める丹後支配に徹底抗戦する五郎だが、検地には従うなど不可解な行動も取る。それが密かに進めていた計略の一端だったと分かる終盤は、ミステリ的な面白さもある。
心情を表に出さず何を考えているか分からない五郎は不気味に見えるだけに、伊也(忠興の妹)とのピュアでありながら緊迫感漂う恋愛ドラマは強く印象に残る。
海音寺潮五郎の短編「一色崩れ」や松本清張『火の縄』は、時流に乗り遅れた名家一色が、新興で勢いのある長岡に敗れたとしていた。だが本書は、五郎を長岡家と互角に戦い、本能寺の変の後は各武将の動向を的確に読んだ名将としている。そんな五郎が足をすくわれる展開は、政治、経済のプロでさえ世界の先行きを見通すのが難しい現代社会の複雑さをも的確に表現していた。
伊東潤『蒼き海の涯に 琉球警察II』(角川春樹事務所)は、本土復帰前の沖縄を舞台にした「琉球警察」シリーズの第二弾。
戦後の首相として初の佐藤栄作の沖縄入りが決まった一九六五年、沖縄では核抜き・本土並みの日本復帰を求める声が高まり、ベトナム戦争の激化で沖縄の米軍基地返還運動は反戦運動と結び付き激しさを増していた。琉球警察公安部の東貞吉は、東京で左翼活動をしている同じ奄美出身の恵朝英が沖縄に入ったことを知る。沖縄のアンダーグラウンドを歩き朝英を捜す貞吉だが、公安部の内部情報漏洩疑惑が浮上し朝英との因縁から疑いの目を向けられる。佐藤栄作が沖縄に入ると、警備する貞吉たちが反対派から首相を守るサスペンスも加わるだけに、公安の貞吉が単独で動くハードボイルド、組織捜査、警備を描く警察小説、限られた容疑者の中から情報漏洩犯を探す本格ミステリの要素が渾然一体となっている。
貞吉は、地道に運動を続け少しずつ沖縄をよくしていきたいと考える瀬長亀次郎に共感しているが、急進左派は亀次郎の方針を批判、東京から送り込まれ組織作りにも闘争にも長けた朝英の活動の影響で、亀次郎の影響力は低くなっていく。日本復帰後の国政選挙で議席を獲得したい政権与党を中心とする保守勢力も、東京から増援を送り支持を集めようとしていた。本書は、沖縄に住む人たちに寄り添うのではなく中央の都合を押し付けているのは、左派も保守も変わらないことを浮かび上がらせている。この状況は現在の沖縄でもさほど変わっていないし、(基地問題でなくとも)多くの地方都市で似たような中央からの押し付けが行われている。その意味で本書は、歴史から現代の闇を照射してみせたのである。
大長編が続いたので、短編小説集(とするには変則的な作品もあるが)で締めたい。
水生大海『メゾン美甘食堂』(ポプラ社)は、〈ランチ探偵〉シリーズの著者らしい料理ミステリである。社員寮を改装したワンルームマンションのメゾン美甘には、住民専用の食堂があった。料理人が入院したため、甥の雨森涼真が代理になる。雨森は、厳しく指導している後輩に悪い物を食べさせられたと考える増本優、元恋人からストーカー疑惑をかけられた阪本龍平、身に覚えのないクレームが入った武内咲楽、異動先の係長が無くした財布が自分のロッカーから出てきたため疑惑の目を向けられた福家柚葉のトラブルに挑む。謎解きはもちろん、体によく美味しい料理が出てくるグルメ小説(巻末にレシピあり)、組織に属していたら誰もが経験するような悩みを描くお仕事小説としても楽しめる。
森谷明子作、佐竹美保絵の『異聞今昔物語 話を集める少年と消えた少女』(偕成社)は、近代の作家にも影響を与えた説話集を題材にしている。平安京で暮らす草太は、西の市で働く千萱から奇妙な話を聞き、それを僧侶に話した。僧侶は六条の屋敷でやんごとなき人物に物語を紹介しており、草太は物語を集め始める。僧侶と草太が語るのが『今昔物語』の現代語の抄訳(約三十話を紹介)で、やんごとなき人物は誰かや、消えた千萱の捜索などの謎も織り込まれているのは、ミステリ作家の著者らしい。物語が進むと、なぜ人は面白い物語を求め、それを後世に残そうとするのかが描かれるだけに、小説が好きな読者は自分なりの答えを見つけて欲しい。

























