「いろいろな経験しようかなって思って、自衛隊に入りました」時代小説家・高瀬乃一のデビューまでの道のりと物語に託す思い
インタビュー
『うらぎり長屋』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
特集 高瀬乃一の世界
[文] 角川春樹事務所

高瀬乃一さん(写真:三原久明)
『貸本屋おせん』『無間の鐘』『春のとなり』など、江戸を舞台に市井の人々の生を描いてきた時代小説家・高瀬乃一さん。デビュー作『貸本屋おせん』で第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞など、着実に評価を高めている。
その高瀬さんが新たに手がけたのが、江戸で生きづらくなった人々が行きつくいわくつきの長屋を舞台に、どん底を生き抜く人々の哀感と優しさを透徹した眼差しで描いた連作短編集『うらぎり長屋』(角川春樹事務所)だ。
デビューまでの道のりから、『うらぎり長屋』に込めた思いまで、書評家・細谷正充さんが、著者本人に話を聞いた。
「どうやったら作家になれる」―モヤモヤしていた心の中
細谷正充(以下、細谷) 小説家になろうと思ったのは高校生の頃からだと聞きました。
高瀬乃一(以下、高瀬) 高校の時、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』に、どんぴしゃの世代だったので嵌りました。あれは歴史を作者の方が作り上げている世界観だったので、「自分で世界をひとつ作れてしまうんだ」っていうことに、すごく感激しました。自分もやろうと思って、最初はファンタジーを。土地から地図から自分で考えてファンタジーを書き始めてっていうのが最初のきっかけですね。
細谷:その後、ご結婚なさって、お子さんができてしばらくは創作から離れていた。
高瀬:はい。心の中ではずっと「書きたい、書きたい」という気持ちはあったんですけど、何を書いたらいいか……。ファンタジーもしっくりこなかった。現代物も書いて(新人賞に)出しては、それもなんかしっくりこない。今はいろいろな経験しようかなって思って、自衛隊に入りました。それから結婚して子供を産んで、そっちを中心にしていたけど、心の中では「ああ、どうやったら作家になれるんだ」みたいにモヤモヤしながら、ずっと生きていた感じですね。
細谷:それで、東日本大震災を体験して。
高瀬:体験まではいかないですけど、「世の中、明日何があるか分かんない」っていうのを、本当に身をもって知ったというか。あの時、「明日書けなくなるかもしれないんだ」っていう怖さがあって、もうこれは書くしかないと。ノートパソコンをすぐ買って、打ち始めました。
細谷:そこからまた小説の投稿を。
高瀬:はい、そこからです。四十ちょっと手前ぐらいで始めました。ちょうど子供も三人目が生まれて、病気もしたのであまり外へ働きに行けなかった。だったら家でできることで、と。賞金が貰えるとか、そういう欲も入りつつ、ちまちま書いては出して、出して出してダメでダメでっていうのが、五、六年続いた感じですね。
デビューしたのが遅いので、止まっちゃいけない、と
細谷:そこで、なぜ時代小説に行ったのでしょう。
高瀬:なぜでしょうね。時代小説は一応読んでいたんです。時代物のドラマとかも好きだったし、大河も見ていた。昔は(午後)八時台とかには必ず時代物のドラマをやっていたんで、家族で見ていたぐらい好きだった。でもそれを書けるかどうかっていうのは全然思ってなくて。そうしたらオール讀物新人賞(以下、オール讀物)の最終選考まで残って落ちた時に、当時の担当してくれた方が「もしかしたら時代小説向きなんじゃないか」って。オール讀物は時代小説が結構、主戦場っていうのもあるけども、「文章的に時代小説を目指してみたらどうですか?」って言われた。で、そういうのがちょっと頭にありつつ二年ぐらいモヤモヤしながら現代物を書き、結局「ちょっと時代物やってみようかな」って飛び込んだ感じですね。
細谷:そしてオール讀物の記念すべき百回目を、時代小説で受賞します。女性の貸本屋を主人公にしているところが新鮮でした。
高瀬:職業のある女性にしようっていうことだけは決めていました。じゃあ何にするのか。時代物の資料とか見ている時に、重いものを背負う貸本屋の女の人って面白いんじゃないかなと思って、そこから話を考えたんです。あのキャラクターがポンと、すぐに出てきたような感じだった。
細谷:このデビュー作をシリーズ化した『貸本屋おせん』が二〇二二年に出版され、以後、順調に作品が刊行されています。
高瀬:デビューしたのが遅いので、止まっちゃいけないという思いがありました。私の中では「残りあと四十年書けるとしても、二十代でデビューしている人に比べたら半分も書けないな」っていうのがあって。ノンストップで行こう、来る仕事はとにかく断らず全部やろうって、最初の三、四年は本当に駆け抜けてきた。
「自分がいかに償っても傷ついた人は絶対にいる」
細谷:新作の『うらぎり長屋』についてお聞きします。長屋が舞台になっていますね。
高瀬:『春のとなり』のプロモーションの時に担当の編集さんと、じっとりとしたというか、ちょっと救われない感じの長屋の話とかあっていいんじゃないかって話しました。私、カラッとした明るい話が多かったので。
細谷:えっ?
高瀬:自分のなかでは結構明るい方だと思っています。だから、じっとりとしたものを書きたいなと。それで、こういう設定にしてみました。
細谷:舞台の裏霧長屋のすぐ隣に、表の長屋があるんですね。
高瀬:霧左衛門長屋。
細谷:霧左衛門長屋というのがあって、その裏にあるから裏霧長屋。つまり、表と裏がちょうど背中合わせにあるという設定。これはすごい。現代と通じるような感じですよね。同じ場所に明るいところと暗いところがあるみたいな。それをふたつの長屋で表現しているのかなと思いました。
高瀬:最終的にそういう感じになればいいな。裏霧長屋の物語にしようってここ(角川春樹事務所)で話をして、帰りの新幹線の中で、あっ、霧左衛門長屋と裏霧長屋にしようっていうのを思いついた。
細谷:連作で、第一話の元大工の石蔵は盗みを働くようになります。
高瀬:石蔵の方から見たら、いろいろ言い訳があって「こうこうこういう事情があってちょっと盗まざるを得なかったんだけど、俺はいい奴だよ」って言ったところで、やっぱり悪いことをしてるのだから、ちゃんと罪を償いなさいと。償った後でも「いや償ったからもうオッケーだよ」っていうふうに、私は思わない。特に人のものを盗む人っていうのが一番嫌い。今、押し込み強盗とかありますよね。(強盗の)トップが命令して、お金のために押し込みを働いてとか。それで襲われた人の方は、多分、一生引きずるだろうなと思うと恐ろしい。だからそういうのを書きたかったし、石蔵にはそのことを理解して欲しかったっていうのがある。
細谷:なるほど。そのテーマは、最終話でも使われていますね。
高瀬:そうですね、別の形で。
細谷:別の形ですけど表現されている。そういう繰り返しの中で、テーマが際立っています。
高瀬:はい、『うらぎり長屋』に関しては「自分がいかに償っても傷ついた人は絶対にいるんだ」っていうことを書きたかった。テレビを見ていて、盗んだ、泥棒が入った、殺人が起こったっていう場面を見た時に、それで終わっちゃうけど「その後ろにいる被害者の人たちや、罪を犯した人たちは、ここから先どういう人生になっちゃうんだろう」って、すごく考えることがある。これが自分だったらとか、そういう想いをずっと昔から持っていた。それを本格的に書くこともできたけども、今回はこの裏霧長屋っていう舞台を用意して、ちょっと埋もれてしまうぐらいの小っちゃな罪だったり、そういう忘れ去られそうな罪を、「忘れるんじゃないよ」っていうふうに、言いたかった。
細谷:本書は登場人物全員が結構厳しい状況ですけど、救いはありますね。
高瀬:読んで「もう、気が滅入るわ」っていうのは、違うと思っています。読んでくれた方が、大団円じゃないけども「こういう人生もあるよね」「似たような奴がいるな」って言って、本を閉じてくれればいいかな。もちろん罪を逃れて生きようとするなよ、っていう怒りもあるけども、「なんか、くだらない奴らがいるなあ」って言って「俺、頑張ろうかな」「私もちょっと頑張ろうかな」みたいに思って、本を閉じてくれればいいかなと思います。
***
【著者略歴】
高瀬乃一(たかせ・のいち)
愛知県生まれ。名古屋女子大学短期大学部卒業。青森県在住。2020年「をりをり よみ耽り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。その後、「オール讀物」「小説新潮」などで短編を発表、2022年刊行のデビュー作『貸本屋おせん』で第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞、2025年刊行の『梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗』が第38回山本周五郎賞、第31回中山義秀文学賞の候補となる。他の著書に『春のとなり』『無間の鐘』『往来絵巻 貸本屋おせん』『天馬の子』がある。
【聞き手紹介】
細谷正充(ほそや・まさみつ)
文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を多数執筆。アンソロジーの編者としての著書も多い。2018年より、優れたエンターテインメント小説5作品を選出、「細谷正充賞」として表彰している。


























