『中国共産党が語れない日中近現代史』
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[レビュアー] 梶原麻衣子(編集者・ライター)

日本に欠如している対中外交の“戦略的思考”とは?
親中、媚中、反中、嫌中……対中外交の姿勢に関しての議論はさまざまなレッテル貼りと共にヒートアップしがちである。
ただ、この「厄介な隣人」との付き合いには国家的な戦略が必要であるのは言うまでもない。そんな対中外交の最前線に立ってきた2人のキーマンによる共著が『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)だ。
著者は、「中国が最も恐れる男」と称される前中国大使の垂秀夫(たるみひでお)氏と、安倍政権で外交ブレーンを担った兼原信克(かねはらのぶかつ)氏。
この両氏が実務家の立場から日中の歴史を再検討し「ほんとうの中国」を描き出した同書を、『安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録』の著者・梶原麻衣子氏に解説してもらった。
日本に欠如している「戦略的思考」
「汝の敵を愛せよ」
聖書にある博愛精神を示す有名なフレーズだが、これは「戦火を交えない戦争」と言われる外交の場面でも必要な精神であるようだ。兼原信克・垂秀夫両氏が縦横に語った『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)からは、そんな外交の要諦が伝わってくる。
と言っても、両氏が中国愛に満ち溢れた親中派だというのでは全くない。特に垂氏は外務省・チャイナスクールの出身で中国大使を務めたために誤解が生じかねないが、全く異なる。中国と対峙するためには中国人以上に中国を深く理解する必要がある。つまり愛に近いほどの関心を持ち、相手がどのように考えるか、その思考までトレースしたうえでこちらの出方を考えなければならないということだ。
本書の読みどころは、タイトルにある通り中国の近現代史を中国共産党が語りたがらない日本とのかかわり、日本の影響から読み解き直しているところにある。いわゆる歴史読み物と一味異なるのは、そこに実務家の外交官としての「生」の視点が盛り込まれる点だ。歴史を語る際にも、二人の脳裏には「自分がその当時、日本の外交担当者だったらどうしたか」が常に浮かんでいるためだろう。
例えば垂氏は明治末期の日本外交についてこう述べている。
〈辛亥革命の経過を見ていると、ひとつ教訓になることがあります。それは、日本外交のあり方が単線的とも言えることです。つまり、正統政府とばかりつきあって、その他のプレーヤーとの関係をあまり重視していないように思えます。別の言い方をすれば、戦略的思考に欠けているということです〉
そしてこれを〈歴史的な日本外交が抱える弱み〉とし、戦後日本でも対中戦略が脆弱だったことを指摘したうえ、〈日本外交には「戦略的思考の欠如」という構造的な弱点があることを痛感します〉と述べる。
垂氏はかねて、高市早苗総理が就任早々に行った台湾有事を念頭に置いた存立危機事態に対する国会発言について、「戦略なき発言である」と批判している。戦略の欠如はまさに日本外交の宿痾であるが、本書によればその最たるものが2010年、民主党政権時の尖閣問題への対応だったという。兼原氏は戦略の欠如以前に、〈統治経験のない民主党政権は政府の体をなしていませんでした〉とし、さらにこう続ける。
〈中国とのパイプも混乱の極み。魚釣島政府購入の件も含めて、胡錦濤と野田首相は直接話していますよね。中国側は、日本側が出してくる混乱した情報で、胡錦濤が対面で頼めば野田首相は降りると信じ込まされていた。ところが、結局、胡錦濤に恥をかかせて怒らせた。外交といえるものがなかったんですよね、あの当時は〉
例外的に日本政府に戦略が存在したと言えるのは、安倍政権時代だろう。対中強硬派と見られ親台湾の姿勢も顕著だった安倍総理だが、こと対中外交においては第一次政権で採用された「戦略的互恵関係」のフレーズのもとに良好な関係を保ったのである。「戦略的互恵関係」をめぐる外務省の舞台裏の話は、実に興味深い。
安倍政権当時、安倍支持層の中には、中国との対立姿勢を望むものも少なくなかった。だが、「安倍さんが思うようにできないのは、二階俊博幹事長や親中派の公明党が連立与党内にいるからだ」との解釈により、保守派の対中外交における批判の矛先は安倍氏本人には向かなかった。これも政権にとっては奏功したと言えるだろう。
こうした戦略的視点を持つ安倍路線の継承を謳うのが高市政権であり、選挙後に取り組むとされているのがインテリジェンス機関の設置である。
一般的にインテリジェンスは情報収集や分析が中心だと思われているが、実際にはそれによって何をすべきかを政治に提案することや、人的接触をして相手の選択に影響を与えることも含まれよう。
インテリジェンスは使いよう
インテリジェンス機関の設置に警戒心をあらわにする人たちは戦前回帰を心配する。しかし本書を読むと、むしろ戦前のインテリジェンス機関がより機能していれば、中国戦線は縮小、あるいは早期終戦に向かっていた可能性が見えてくる。垂氏はこう述べる。
〈汪兆銘は重慶政府(蒋介石政権)の対日「抗戦徹底」方針に反対し、「和平工作」に転じ、最終的には日本側の支援を受けて南京に赴き、汪兆銘政権を樹立することになります(1940年)。
振り返れば、蒋介石や汪兆銘をはじめ多くの中国人指導者が日本に留学していたこともあり、日本側がもっと多様な裏工作や接触ルートを模索していれば、日中関係の展開も異なっていたかもしれません〉
インテリジェンスにはどこか暗さのある、国民に知らされない裏工作というイメージが付きまとうが、国家を危機や戦争から救う機能を持ちうるのだ。要するに、物は使いようであり、その使い方は戦略に基づいて変わる。
日本社会のインテリジェンス機能の軽視は、戦略的視点の欠如からもたらされるものだということも、兼原氏の発言から見えてくる。
〈戦後日本はインテリジェンス機関を持たないので裏の世界に入れない。表のきれいな外交の世界だけで物事が決まるわけではないんですけどね。表裏を使い分けて「裏の世界は本音の世界だ。取るもの取ろうぜ」という発想が日本外交にはないんですね〉
本書には言及はないが、垂氏はインタビュー等で高市政権は早期に対中戦略を持つべきだと指摘している。
一国民として、高市総理のインテリジェンス機関設立への熱意が確たる国家・外交戦略の一機能として位置づけられることを切に望む。
日本と中国は相互に影響を及ぼしながら歴史を歩んできたし、当然これからもそうなのだろう。互いの政治体制が変わっても、地理的な位置関係は変わらない。しかも相手は長期を見据えた視点と戦略という、日本にない武器を持っている。
〈好悪の感情を超えて、中国との付き合い方を冷静に考えていかなければなりません。ここで求められるのは、過去の教訓を踏まえた戦略的思考でしょう。そうでないと、日本は米中という超大国の狭間で翻弄され続けるでしょうね〉
外交と中国を知り尽くす垂氏の言葉は重い。


























