【書評】事件の構図が万華鏡のように大きく移り変わる、予言をテーマにした国産本格ミステリ――井上悠宇『予言館の殺人』レビュー【評者:千街晶之】
レビュー
『予言館の殺人』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【書評】事件の構図が万華鏡のように大きく移り変わる、予言をテーマにした国産本格ミステリ――井上悠宇『予言館の殺人』レビュー【評者:千街晶之】
[レビュアー] カドブン
井上悠宇さんの最新刊『予言館の殺人』の発売にあわせ、千街晶之さんによるレビューをお届けします。
■井上悠宇『予言館の殺人』レビュー

【書評】事件の構図が万華鏡のように大きく移り変わる、予言をテーマにした国産…
評者:千街晶之
予言をテーマにした近年の国産本格ミステリとしては、阿津川辰海の『星詠師の記憶』、今村昌弘の『魔眼の匣の殺人』、澤村伊智の『予言の島』、有栖川有栖の『インド倶楽部の謎』などが思い浮かぶ。そこに、井上悠宇の『予言館の殺人』という、新たな作品が加わった。
主人公の大学生・相馬慎司は、十三年前、六歳の時に両親を失っている。父の相馬錐夜は芸術家、母の相馬沙織は「予言館」という洋館で信奉者たちに彼らの未来を伝える「予言倶楽部」を主催していたが、錐夜はその「予言館」で殺害され、沙織は同じ夜に交通事故死していた。慎司にはその時の記憶はないが、今に至るまで、母に首を絞められる悪夢をしばしば見ている。
そんな彼の前に、赤城花蓮という女性が現れ、養父の赤城蘭堂からの招待状を手渡す。花蓮も十三年前の事件で実父の加賀見浩二を失い、高名な推理作家である蘭堂のもとに引き取られていた。蘭堂は慎司の両親の死後に「予言館」を手に入れ、別荘として使っているが、館ではしばしば怪奇現象が起きているらしい。そして蘭堂は迷宮入りした十三年前の事件に決着をつけるべく、館に当時の関係者と、霊感のある人々を招待し、霊的な手段による解明を図ろうとしているのだ。
現在進行形の事件を解決するのではなく、過去の事件の謎を、当時の関係者の証言などをもとに解き明かすタイプの作品を、ミステリ用語で「回想の殺人」と呼ぶ。中期以降のアガサ・クリスティーがこの趣向の達人で、『五匹の子豚』『象は忘れない』『スリーピング・マーダー』などの作品を残している。他にはエラリイ・クイーンの『フォックス家の殺人』、トマス・H・クックの『夜の記憶』、恩田陸の『木曜組曲』や『ユージニア』、降田天の『すみれ屋敷の罪人』などの作例が思い浮かぶ。
本書もこのタイプに該当する作品なのだが、少なからぬミステリファンがこの時点で「待てよ」と思うのではないか。冒頭で紹介した作品群の大部分がそうであるように、予言をテーマにしたミステリは、その予言が事件の発生というかたちで的中するかどうかがサスペンスを盛り上げる役割を担っている。しかし本書の場合、事件そのものは十三年前に既に起こっている。主人公の慎司が、母の予言が正しければ「予言館」で自分は殺されるのではないかと不安に駆られるシーンなどはあるものの、前記の作品群よりは予言的中のサスペンスという点では物足りなさは否めない。
では何故、著者は一見食い合わせが悪そうな予言テーマと「回想の殺人」とを組み合わせたのか。
作中には沙織が遺した幾つかの予言が登場するが、それらはノストラダムスの予言詩さながら、いかようにも解釈し得るものである。予言自体がイカサマか本物かという問題もあるけれども、本物だとしてもどう解釈するかによって、過去の事件の構図が万華鏡のように大きく移り変わるのである。その解釈の違いに基づく多重推理が後半の最大の読みどころとなっているのだ。ここに「回想の殺人」としての狙いがある。
また、「予言館」では心霊現象と思しき出来事が頻発し、霊能力を持つと称する者たちがそれを解釈する。これらの現象がイカサマか本物か、本物ならばどういう意味を持つのかも、謎を解く上で重要なポイントとなる。終盤にある人物によって繰り広げられる謎解きは、異様とも思える逆説的なロジックによって事実を確定させるというものであり、本書のような設定でなければ成立は難しいだろう。
招待客の中には心霊系の動画配信者もおり、館での検討作業は彼によってリアルタイムで配信される。慎司は現場にいながらにしてノートパソコンでその配信の内容をも確認できるので、作中では彼の目についた視聴者のコメントも紹介される。本書全体の浮世離れしたゴシック調の雰囲気とは一見ややミスマッチ感もあるが、ここにもミステリとしての狙いが潜んでいて油断できない。
著者は、人が死ぬ予兆が見えてしまう少女のために主人公が未来に起こる事件を防ごうと奮闘する「誰も死なないミステリーを君に」シリーズや、5W1Hそれぞれの角度から怪異の正体に迫る霊能探偵と調査担当の幼馴染みのコンビが呪いの人形の謎に挑む『僕の目に映るきみと謎は』など、超常現象を前提とする特殊設定ミステリを得意としている。本書は、そんな著者の資質が全開になった快作と言える。



























