【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博子)

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誓いの証言

『誓いの証言』

著者
柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041151945
発売日
2026/03/26
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博子)

[レビュアー] カドブン

硬派な警察小説から心震える人間ドラマまで、多彩な筆致で読者を魅了し続ける作家・柚月裕子さん。
2026年3月には、佐方貞人シリーズ弁護士編『誓いの証言』(KADOKAWA)が刊行され、話題を呼んでいます。

本記事では、書評家の大矢博子さんが「おすすめの柚月裕子作品」を5つ厳選! 各作品の魅力をたっぷり語っていただきました。

※本記事は、2020年3月26日に「カドブン」で公開した記事を再編集・増補したものです。

■書評家・大矢博子が選ぶ「絶対おすすめ! 柚月裕子作品」5選

 この時代、作家を性別で語ることのナンセンスは重々承知しつつ、映画「孤狼の血」を見た友人が「嘘でしょ、クレジットに出た原作者が女性の名前だったよ!?」と驚いていたときには、思わずニンマリしてしまった。そうでしょうそうでしょう、驚くよね、と。
 柚月裕子は総じて「オヤジ」を描くのが上手い。硬派で、骨太で、時として猥雑な世界を描くのが上手い。しかもそれをサプライズに満ちたミステリの構造に落とし込むのだから驚く。だがそういった特色の他にもうひとつ、忘れてはならない特徴がある。それは、柚月は「自らの信じる正義を貫く姿」を描く作家である、ということだ。
 正義にも色々ある。人によって、環境によって、正義は変わる。それぞれの持っている正義とは何で、それをどう貫くか。ここでは特に、正義の描き方に焦点を当てた作品を紹介する。

■1.「佐方貞人」シリーズ(KADOKAWA/角川文庫)

【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博...
【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博…

 ぼさぼさの髪に皺だらけのスーツ、ヘビースモーカーで公判初日に二日酔い……『最後の証人』で読者の前に初登場したヤメ検弁護士・佐方貞人は、一見、冴えない中年だった。しかし痴情のもつれと見られていた殺人事件の公判と、事件の中心人物である女性の家族の歴史を並行して綴ったこの物語は、終盤に驚くべきアクロバティックな展開を見せ、読者の度肝を抜いたのである。
 中でも読者の支持を集めたのが、佐方貞人その人だ。読み終わったとき、そこにいたのは冴えない中年どころか、事件の背後にあった人の思いをすくい上げ、「罪をまっとうに裁く」ことに静かで強い情熱を持つ弁護士だった。
 シリーズ第2作以降は時間を遡り、佐方の検事時代が綴られる。検事編は現時点で『検事の本懐』『検事の死命』『検事の信義』の3冊が出ており、いずれも短編集。被疑者・被害者に対して「罪をまっとうに裁く」佐方の活躍が、時には切れ味鋭く、時には胸に染み入るように綴られる。ミステリとしての構造もさることながら、すべての物語に共通しているのは、事件を見るのではなく事件を起こした人間とその感情を見る佐方の「正義」の形だ。

「人には感情があります。怒り、悲しみ、恨み、慈しみ。それらが、事件を引き起こす。事件を起こした人間の根底にあるものがわからなければ、真の意味で事件を裁いたことにはならない」(『検事の信義』所収「信義を守る」より)

 そして久しぶりのシリーズ新刊『誓いの証言』は、『最後の証人』以来となる弁護士の佐方を描いた長編である。佐方のもとに、大学時代の旧友・久保が行きつけのクラブの女性から不同意性交等罪で訴えられたと知らせが入る。同意はあったとして久保は無実を主張、女性が久保を嵌めたのだと考えた佐方だったが、いくら調査しても接点が見えない。
 この話と並行して語られるのが、香川県の石職人の物語だ。最高級石材とその加工を巡って、伝統工法を守るか量産化を進めるかで組合は対立する。その果てにある悲劇が起きて……。
 ふたつの物語がどう絡むのかが最大の読みどころだ。細やかな手がかり、性犯罪を取り巻く社会のあり方、意外な展開、そしてそこから浮かび上がる重厚にして切ない人間ドラマ。特に判決が出たあとのあるエピソードには目頭が熱くなった。人にはそれぞれ守るべき正義があり、そのためには犠牲になるものもある。その後悔を抱えた者たちの葛藤と慟哭が胸を打つ。
 ふたつの筋が絡んで意外な結末へ向かうという構成は『最後の証人』と同じだ。しかし今の読者はシリーズ既刊を通して検事時代の佐方を知っている。その上で、彼が検察と対峙する姿には、一歩先の感慨を読者に呼び起こすだろう。
 人の数だけ正義はある。作品に頻出する「まっとうに」という言葉の意味が力強く読者に響くシリーズである。

▼シリーズ特設サイトはこちら
https://kadobun.jp/special/yuzuki-yuko/sakatasadato/

■2.「孤狼の血」シリーズ(角川文庫)

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【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博…

「佐方貞人」シリーズが表の正義を描いたものなら、こちらは裏の正義の物語だ。
 昭和63年。広島県の警察署に赴任した新米刑事の日岡は、暴力団対策を担う捜査二課に配属された。そこで彼とコンビを組むことになったのが、警官なのかヤクザなのかわからないような「悪徳刑事」の大上章吾。日岡は彼とともに暴力団のフロント企業に勤めていた男の失踪事件を追うが……(『孤狼の血』)
 前の事件のあと、僻地の駐在所に飛ばされた日岡は、たまたま指名手配中の大物ヤクザ・国光と出会う。逮捕しようとした日岡に国光は、まだやることが残っているので時間が欲しいと告げた。そのまま国光を泳がせた日岡だったが……(『凶犬の眼』)
 ヤクザ社会のリアリティと暴力団捜査の迫力、広島弁の会話、そして複数の事件が絡みあって意外な場所に帰着するミステリとしてのサプライズ。すべてを十全に備えた柚月裕子の代表シリーズにして出世作である。
『孤狼の血』は昭和の広島抗争を、『凶犬の眼』は暴対法成立前夜の山一抗争を、それぞれモデルにしている。タマを取った取られたの世界に生きる者たちの、表社会とは違った「正義」と「仁義」の通し方は興奮の一言。大上には大上の、日岡には日岡の正義がある。異なる正義のぶつかり合いが、読者を強烈に物語へと引き込んでいく。
 シリーズ3作目となる『暴虎の牙』は、『孤狼』以前の大上と、『凶犬』以後の日岡が登場する、長いスパンの物語だ。昭和57年、愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦は、暴力とカリスマ性で勢力を拡大していた。そんな沖になぜかつきまとう大上。そしてある抗争で逮捕された沖が懲役を済ませて出所した平成16年、彼の前に日岡が現れる……。
 昭和から平成にかけての暴力団の変化、そして沖の拠って立つ正義が変わっていく様子が悲壮感とともに描かれる。と同時に、一刑事としての大上の生き方と、彼に学んだ日岡の成長が読者に届けられるのが読みどころだ。ほぼ同じ年頃の刑事として登場する大上と日岡の対比にぜひ注目願いたい。昭和から平成にまたがるヤクザ小説としても、大上と日岡の警察小説としても、そして日岡の成長小説としても、集大成の一冊だ。
 なお、日岡は佐方シリーズ『検事の信義』所収の「正義を質す」にカメオ出演している。ファンには嬉しい共演だ。

▼シリーズ特設サイトはこちら
https://kadobun.jp/special/korou/

■3.『盤上の向日葵』(中公文庫)

【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博...
【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博…

 さいたま市の山中で白骨死体が発見された。唯一の手がかりは、その死体が握っていた将棋の駒。伝説の駒と言われる手彫りのそれの流通ルートを辿って、刑事は地方へ飛んだ。
 その捜査の様子と並行して語られるのは、昭和46年、諏訪に暮らすひとりの少年の物語だ。父親に虐待され、小学生の身で新聞配達をしていた上条桂介は、元教師の唐沢と出会う。桂介の境遇を心配した唐沢は、事あるごとに桂介と交流を持つようになった。そして彼に天賦の将棋の才能があることを知ると、東京の奨励会に入れるべきだと桂介の父に進言する。しかし父親はそれを一蹴。桂介はそのまま努力と独学で大学に進んだが……。
 このふたつの筋がどう結びつくのか、というのが読みどころ。
 圧倒的なのは、将棋を巡る男たちの壮絶な描写だ。虐待されながら東大を卒業、IT業界から異例の転身を遂げた棋士という上条桂介の描き方もさることながら、彼が出会う賭け将棋の真剣師・東明が印象的だ。刹那的で破滅的、素行不良でプロになれなかったものの、将棋の腕は超一流。将棋という一点に於いては天才なのに人間としてはろくでなし。『孤狼の血』の大上に通じるものもあり、こういう人物を描かせると柚月裕子は本当に上手い。
 東明は「思い通りにいかない人生」の象徴だ。桂介もまた、将棋という道を見出したにもかかわらず、父親によってその道が奪われてしまう。では桂介は何をもって自己を体現するのか。東明が桂介に与えた影響が物語を動かしていく。
 著者もインタビューなどで語っているように、本書は松本清張の名作『砂の器』のオマージュ作品だ。才能を持つ子供と、そこに影を落とす父親という宿命の構図。事件を追って各地を飛び回る刑事。そして、犯人の大一番の舞台に刑事が訪れる場面。親子の相克と人間の業を描いた『砂の器』の世界観が、将棋界を舞台に見事に再現されている。清張ファンにもおすすめの一冊。2025年には坂口健太郎・渡辺謙出演で映画化された。

▼作品詳細(中央公論新社オフィシャルサイト)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2020/09/206940.html

■4.『逃亡者は北へ向かう』(新潮社)

【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博...
【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博…

 福島の町工場で働く22歳の真柴亮は、大震災直後の混乱の中、誤って人を殺してしまう。決して故意ではなかったが、彼には出頭できない理由があった。ある目的で、どうしても岩手へ向かわなければならなかったのだ。だがその道中で、またも犯罪に手を染めることになってしまい……。
 逃亡小説である。だが本書は逃亡犯のクライムノベルというだけではない。震災直後の被災地や被害に遭った人々を描写する群像劇でもあるのだ。娘の安否がわからないのに職業上の責任から持ち場を離れられない刑事。遺体が見つからない息子を懸命に捜す漁師。彼らの物語が真柴に絡んでいく。
 津波に襲われた場所の生々しい描写。遺体安置所のショッキングな光景。不運の連鎖に囚われた真柴を通して、震災の残酷さが浮き彫りになる。この世は理不尽に満ちているが、その中でも天災の理不尽さは群を抜く。圧倒的な運命の前に、人はただただ無力だ。何も悪いことはしていないのに、命も財産も尊厳も、ただただ奪われていく。真柴はそんな理不尽を体現するかのような人物として存在する。
 だがそれでも彼は足掻く。たとえ破滅が待っているにしろ、真柴は自分の為すべきことのために北へ進み続ける。著者は震災を小説の舞台にすることで、避けられない理不尽に人がどう立ち向かうかを描いているのである。
 真柴の他に注目してほしいのは刑事の陣内だ。妻とともに娘の捜索に向かいたい気持ちをぐっと抑えて、職務にとどまる。自分にとっての正義とは何か。父としての役割と警察官としての役割の狭間で彼は葛藤しながら、娘を追う父親ではなく犯人を追う刑事として邁進するのだ。震災のとき、陣内と同じ立場に置かれた人は多かったに違いない。それはたとえばコロナ禍での医療従事者も同じだろう。理不尽の中で、それでも自分の役割をまっとうしようとする人々の強さがここにはある。
 決して全方位のハッピーエンドではない。それでも希望はあるのだという思いが伝わる一作。震災被害の当事者である著者が、それを小説にするまで十年以上の歳月がかかったというが、理不尽の加速する今だからこそ世に問う価値のあるものになったのではないか。読まれるべき作品である。

▼作品詳細(新潮社オフィシャルサイト)
https://www.shinchosha.co.jp/book/356131/

■5.『風に立つ』(中央公論新社)

【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博...
【書評】絶対おすすめ! 柚月裕子作品5選【2026年最新版】(選者:大矢博…

 ここまでの4作は犯罪をテーマにした作品だが、柚月裕子には珍しい家族小説も入れておこう。
 岩手県の盛岡で南部鉄器の工房を営む小原孝雄が、問題を起こして家庭裁判所に送られてきた少年を一時的に預かって生活指導を行う「補導委託」を引き受けた。息子の悟は、問題のある少年と一緒に暮らすことの怯えもあって反対するが、孝雄は考えを変えない。
 やってきたのは、万引きや窃盗を繰り返し、学校も退学になったという16歳の庄司春斗だ。彼は意外にも礼儀正しくおとなしい少年で、その日から一緒に暮らし、昼間は工房を手伝うことになった。最初は春斗にかかわらないと決めていた悟だったが、春斗を知るうちに少しずつ気持ちが変わっていき…。
 春斗の変化や彼の非行の理由も大きな読みどころだが、肝心なのは悟の戸惑いである。父が春斗に接する様子が、自分の子ども時代とまったく違うのだ。ここに浮かび上がるのは二組の親子の断絶である。子にはわからない親の気持ち、親にはわからない子の気持ち。第三者にはわかるのに、近すぎるがゆえに伝わらない家族の思い。だが、そんなすれ違いもほんの少しのきっかけで変えることができるのだと本書は優しく伝えてくる。硬派な小説が多い柚月作品の中で、最も細やかな心理描写が味わえる一冊だ。
 その背景として南部鉄器という伝統工芸が大きな意味を持つのは、『誓いの証言』の香川の石工に通じる。その人をその人たらしめるモチーフとしてその土地に伝わる伝統工芸を使うのは、思いは受け継がれていくということのメタファーかもしれない。
 また、補導委託という制度も興味深い。司法小説や警察小説の著作が多い柚月裕子だが、検事や弁護士、警察だけではなく、本書の小原孝雄のように日々の生活の場で少年の更生を助ける者がいる。また、著者には『あしたの君へ』(文春文庫)という家庭裁判所で少年犯罪を調べる調査官の小説もある。多くの人がそれぞれの立場で非行少年を助け、支えているのだ。

▼作品詳細(中央公論新社オフィシャルサイト)
https://www.chuko.co.jp/tanko/2024/01/005728.html

 以上、柚月裕子のおすすめ五選である。それぞれの人がそれぞれの立場で貫く「正義」の形を、どうか味わっていただきたい。

KADOKAWA カドブン
2026年04月20日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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