被害者の体の一部を切断し、現場に不思議な記号を残した猟奇殺人、戦時下に演劇に打ち込んだ青年など、書評家がセレクトした小説8冊

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  • ひまわりと銃弾
  • DANGER
  • ベルリン警察怪異課 〜邪神帝国零〜
  • 釣り侍
  • 見えるか保己一

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

戦争を題材にした小説や猟奇殺人を描いたミステリ、そしてオレンジ文庫短編小説新人賞の歴代受賞作を集めたアンソロジーなど、書評家・末國善己が8作品を紹介します。

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 昭和一〇〇年、戦後八十年の節目だった二〇二五年は、小説も含め関連書籍が続々と刊行された。年は改まったが、先の大戦を題材にした傑作の刊行が続いている。

 麻宮好『ひまわりと銃弾』(小学館)は、関東大震災後から敗戦までの歴史を演劇青年の視点で描いている。

 震災で家が倒壊し家族を亡くし、ある事件で矯正院(現在の少年院)に入り出所したハジメは、浅草の牛飯屋で働き始める。そこで早稲田の学生ながら学校に馴染めない卓三と出会ったハジメは、ゴッホの画集のひまわりを見せられる。その絵のようなものを作りたいという卓三に共感したハジメは、劇団一三座を立ち上げて団員の冨美の家を拠点に活動を始め、そこに冴子も加わる。榎本健一や古川ロッパが人気を博していた浅草で、一三座は野球ものや時代ものの喜劇をヒットさせ少しずつ知名度を上げていくが、次第に検閲により思うような芝居ができなくなる。卓三は召集されて戦地へ行き、東京に残った団員も空襲の被害に遭う。震災から復興し都市文化が花開いた戦争前の東京が活写されるだけに、空襲で建物も人間も焼け、前線で命の危険にさらされる戦争の悲劇が際立っていて、社会が戦争を容認すると賛成でも反対でも否応なくその流れに巻き込まれることが実感できる。ハジメたちが、再び演劇をしたいとの想いで暗い時代を乗り切る展開は、悪しき時代に抗い、新しい世を切り開くパワーになるのは夢と希望だと教えてくれる。

 近年、歴史ものが増えている村山由佳の『DANGER』(新潮社)は、シベリア抑留を題材にしている。

 一九九二年。出版社勤務の長瀬一平と大学の先輩の水野果耶は、翌年に来日するソ連のバレエ団の公演を成功させるための連載記事を書く命令を受け、日本バレエの草創期から活躍している久我一臣を取材する。物語は、バレエの経験者だが挫折した果耶たちが取材を進める現代のパートと、ロシア革命で故国を逃れ日本に来たエリアナにバレエを教わったことから始まる一臣のバレエ人生の回想、さらに満蒙開拓団として大陸に渡り戦争末期に看護隊に入った少女のパートが並行して進む。日中戦争が始まると、日本に帰化したエリアナは兵士の慰問団に加わるが酷い仕打ちを受け、上海にいた一臣は日本と世界の世論の違いを痛感する。日本が戦争へ向かう前半は、内向き志向が強まる現代日本に、世界で孤立する危険性を示しているように思えた。終戦後、ソ連は、日本人捕虜や民間人を各地の収容所へ送り強制労働させるシベリア抑留を行い、一臣も抑留者の一人になる。粗末な食事できつい労働を課し、従順な者と反抗的な者に差をつける思想教育といった収容所の実情は、目を背けたくなるほどである。著者は、抑留者の中に女性もいた史実を掘り起こしており、戦争の犠牲になるのは弱者であると痛感させられる。一平と果耶が一臣の経験を後世に伝える展開は、戦争体験者が減っている今、戦争の記憶をどのように伝えていくべきかを問い掛けていた。

 朝松健『ベルリン警察怪異課 邪神帝国零』(新紀元社)は、著者の傑作『邪神帝国』の前日譚に当たり、クトゥルー神話、歴史小説、ミステリの要素が渾然一体となっていて、どのジャンルが好きでも満足できる。一九三〇年のベルリンで、被害者の体の一部を切断し、現場に不思議な記号を残す猟奇殺人が連続する。刑事警察殺人課の上級刑事ヨハン・ヴィントと、神父ながら魔術や中世神学に精通し悪魔祓いも行うシュテファン・マスカードのコンビは、事件が儀式殺人であり、その裏で黒魔術カルト〈輝く闇〉が暗躍している事実を掴み行方を追う。随所に魔術戦が描かれるが、呪文を唱えると敵にダメージを与えられるという単純なものにはなっておらず、魔道書や儀式魔術に基づいているのは西洋魔術に詳しい著者らしい。当時のベルリンは民主的なワイマール体制下にあったが、所得格差の広がりによって、共産主義者と反共産主義者が対立、社会不安はユダヤ人が原因とする排外思想が力を持ち、これらをメディアが煽っていた。ヴィントとマスカードの捜査により、ある政治結社が〈輝く闇〉と深い関係にある事実が浮かび上がるが、神秘的な力で国家が狂気に陥っていく展開は、オカルトや陰謀論が現実の政治に少なくない影響を与えている現状を見ると、フィクションとは思えない生々しさがある。

 佐藤賢一『釣り侍』(新潮社)は、著者初の時代小説で、矢口高雄の漫画『釣りキチ三平』、ヘミングウェイ『老人と海』、藤沢周平の海坂藩ものなどへのオマージュがうかがえる。山形県鶴岡市にある大鳥池に棲むとされる巨大魚と同じ名の未確認動物・滝太郎との勝負や、和竿を使った黒鯛釣りなどのシーンの臨場感と緊迫感は圧倒的で、釣り好きは特に楽しめるだろう。

 羽州大泉藩では、釣りが武芸として奨励されていた。藩士の前原又左衛門と竹馬の友の山上藤兵衛は、黒鯛釣りに行った磯場で藩主の転落死に遭遇する。藩内では次の藩主をめぐり、前藩主の嫡男を推す家老派と弟を推す中老派が対立。又左衛門の娘と藤兵衛の息子の結婚話が出るなか、二人は家老派と中老派に分かれてしまう。お家騒動は(史実でも、小説でも)陰惨な経過をたどることもある。だが所属する派閥が敗れれば没落するかもしれず、さらに後継争いの鍵になる役を任された藤兵衛は、どちらに転んでも生き甲斐の釣りはできると考えているので悲愴感は少ない。そんな藤兵衛は、仕事以外に打ち込める趣味を持つ重要性に気付かせてくれる。

 蝉谷めぐ実が長編では初めて歌舞伎以外の題材に挑んだ『見えるか保己一』(KADOKAWA)は、視覚障害がある学者で日本最大の叢書『群書類従』を編纂した塙保己一の生涯を描いている。そのため聴覚、嗅覚、触覚といった視覚以外の描写が際立っていて、独特の文章表現と物語世界になっていた。幼い頃に光を失った辰之助(後の保己一)だが、学問に秀で江戸に出て学ぶことになる。江戸幕府は視覚障害者に当道座を作らせ、鍼灸按摩、音曲、貸金業を営むのを公認していた。辰之助は江戸で当道座に入り名を千弥に改めるが、鍼灸も音曲も借金の取り立ても苦手で先行きに不安を覚える。千弥の境遇は、成績優秀で進学校に入学するも秀才揃いで目立たなくなった学生や、地方で人気になったので大都会に出たが埋没したバンドのようなものなので、若い読者は共感が大きいのではないか。やがて学者として頭角を現した保己一は、『群書類従』に収める国書の収集と校合を開始し、水戸藩が光圀の代から進めている『大日本史』の校合も頼まれるようになる。保己一は、同じ学者から視覚障害者だからと特別な対応をする必要はないと言われ、自身も障害者と健常者が区別されない社会を作ろうとするが、常に健常者との差を突き付けられる。また視覚障害者からはなぜ保己一のようになれないのかと言われたとの話も聞く。障害をめぐる保己一の思索は、女性専用車両は優遇なのか、女性差別を撤廃する一助なのか、困難を克服しようと努力する障害者を取り上げることがステレオタイプな障害者像を作るのではといった現代の議論とも重なるだけに、マイノリティへの偏見や差別のない社会を作るには何が必要かを考えさせられる。

 真山仁『チップス ハゲタカ6』上下(日経BP)は、〈ハゲタカ〉シリーズの八年ぶりの新作である。二〇一八年刊の『シンドローム』が二〇一一年の東日本大震災の原発事故を、二〇一三年刊の『グリード』が二〇〇八年のリーマンショックを題材にするなど、近過去を舞台にしてきた〈ハゲタカ〉だが、新作は台湾にある世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)の争奪戦を描き、二〇二四年の花蓮地震を思わせる災害、トランプを彷彿させるアメリカ大統領が出てくるなど、リアルタイムの世界情勢を背景にしている。そのため、台湾有事を引き起こす可能性がある要因や、高市首相の「存立危機事態」発言の何が問題だったのかもよく分かる。

 経済活動にも軍事にも不可欠な最先端のロジック半導体を大量生産できる台湾の企業FSCを自陣に引き込むため、米中の駆け引きが激しさを増していた。FSCには鉄壁の買収防衛策があり、台湾の存立を左右するので台湾政府も全面的に支援していた。そこに、FSCを守って欲しいと頼まれたサムライ・キャピタルの鷲津政彦が参入する。米中のFSCの争奪戦は、スパイを使って内情を探り、幹部にハニートラップを仕掛け、国家規模で資金を集め、軍事オプションをちらつかせるだけに、国際謀略小説を思わせる緊迫感がある。いつもは最終段階まで買収の話を出さない鷲津だが、今回は早い段階でFSCのホワイトナイトになると宣言し、韓国の経営不振のファウンドリ、半導体日本復活のため政府主導で設立されたフェニックスに買収を仕掛ける。FSCの防衛とは無関係そうな鷲津の動きが、実は重要な布石だったと分かる終盤はミステリ好きも満足できるはずだ。

 オレンジ文庫短編小説新人賞(旧コバルト短編小説新人賞)の歴代受賞作から傑作をセレクトした集英社オレンジ文庫編集部編『短編小説新人賞アンソロジー』(集英社オレンジ文庫)は、水泳に打ち込む等身大の女子高生の何気ない学園生活をリアルに描いた阿部暁子「陸の魚」、絵に描いた生物を実体化させる能力を持つ先輩と、その秘密を知った後輩の物語を圧倒的な描写力で綴る白川紺子「サカナ日和」、進学校で成績が万年二位の二宮さんと文化祭のミスター・コンテストで万年二位の内村君が仲を深めていく宮島未奈「二位の君」など、十二編が収録されている。『カフネ』の阿部、〈成瀬〉シリーズの宮島ら人気作家の原点を知りたい読者好きはもちろん、三浦しをんと編集部の選評が掲載されているので作家を目指している方にもお薦めできる。

角川春樹事務所 ランティエ
2026年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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