〈書評〉『掌より愛をこめて 阿刀田高さいごの小説集』阿刀田高著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

掌より愛をこめて

『掌より愛をこめて』

著者
阿刀田 高 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103343332
発売日
2026/05/27
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈書評〉『掌より愛をこめて 阿刀田高さいごの小説集』阿刀田高著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆技巧と遊び心…珠玉の36編

 ショートショート(超短編)の醍醐味(だいごみ)が、1冊にぎゅっと詰まっている。短編小説の名手と呼ばれ、900編以上の作品を執筆してきた著者・阿刀田高(あとうだ・たかし) による、最新小説集である。

 昨夜かたく閉めたはずのドアが、朝起きると少し開いている。家に暮らすのは私ひとりなのに…(ささいな出来事)。いつもと違う電車に乗ってしまって、見た光景は…(下り電車で)。ひやりとしたり、しんみりしたり。400字詰め原稿用紙で10枚に満たないショートショートが、36編収録されている。手のひらサイズでも、日常のあわいや人間の本質に迫る、切れ味鋭い物語には、大きくて深い世界が内包されている。幕を開けるや、意外なところに連れていかれるから、次はどんな話?とワクワクする。

 巻頭から始まる「黒いシアター」は、2023年から25年にかけて、読書情報誌「波」に掲載された10編から成る。ウイットを交えながらほろ苦い、切ない味わいの最近作で、そのあとに、1993年から2010年代にかけ、数々の媒体に発表された26編が続く。贈り物、街、手紙、夢、掌(てのひら)などのモチーフで数話ずつまとめられ、「本屋の魔法使い」という名短編が中ほどに置かれている。ここで私は、昔に本を注文した小さな書店の、当時の自分からすると年配の親子を思い出した。そして読み進むうち、亡き人へのオマージュ、エピローグへと至る編集がとても良い。

 30年余の間に紡がれた作品群だから、震災やデジタル技術といった、現実の社会の出来事も思い起こす。いろんな主人公が登場するけれど、移り変わる歳月に身を置いて小説を書くのは、読書が好きで、いつしかアイデアが浮かぶようになった著者なのだ。なんだか著者には「狐(きつね)」がついていて、その狐は、手のひらに載せた水を珠(たま)にまとめることができる。小説は噓(うそ)といえども、美しい珠なのだ。

 掌編から掌編へ、つながりを見つけて、巻頭に戻ってまた読める。技巧と遊び心に満ちた、まさに珠玉の小説集だ。「さいごの」とあるが、願わくば、もっと読みたい。

(新潮社・2090円)

1935年生まれ。作家。『ナポレオン狂』で直木賞。文化功労者。

◆もう1冊

『90歳、男のひとり暮らし』阿刀田高著(新潮選書)。滋味あふれる老境エッセー。

中日新聞 東京新聞
2026年6月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク