『預言者の歌』
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〈書評〉『預言者の歌』ポール・リンチ 著
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
◆全体主義国家の日常に震撼
読んでいる間中ずっと、読み終えてもずっーと怖い。なまじのホラー小説より、ずっとずーっと怖い。それがポール・リンチの『預言者の歌』だ。
舞台は近未来のアイルランド。主人公は研究者として働きながら、もうすぐ17歳の長男マークを筆頭に、4人の子育てに奮闘しているエイリッシュ。ある夜、2年前に権力を掌握した極右政党が組織した国家警察局から、教員組合の副委員長をしている夫ラリーの話が訊(き)きたいと2人の男がやってくる。ここから、この不穏な物語が始まるのだ。
デモの主導者としてラリーが勾留されるのを皮切りに、エイリッシュに降りかかる災いの数々。マークに召集令状が来る。パスポートの申請もできない。スーパーの棚は欠品だらけ。国賊扱いを受け、狼藉(ろうぜき)者たちに自家用車を壊されてしまい、近所の店からものを売ってもらえなくなる。政府は外国のニュースチャンネルを遮断し、インターネットもブラックアウト。外出禁止令が出され、電気が止まるようになり、ATMが使えなくなり、エイリッシュは仕事をクビになる。激化していく政府軍と反乱軍の戦い。
全体主義国家を志向する極右政党が政権を取ったら、どうなるのか。作者のリンチはそのシミュレーションをしてみせる。女手ひとつで4人の子供と老父を守らなくてはならなくなった一人の女性の日々の苦闘の中に、事細かに、リアルな上にもリアルに。
エイリッシュはカナダに住む妹から再三国外脱出を勧められるのに、首を横に振ってしまう。認知症が始まっている父親、勾留されている夫、反乱軍に入って行方知れずになった長男の存在と、生まれ育った土地を離れなければならないという理不尽に対する反発ゆえに。でも――。
<歴史っていうのはいつ逃げ出せばいいかわからなかった人達が残した沈黙の記録だよ>。まさにこの小説はエイリッシュのような名もなき者による記録なのである。世界が右傾化している今、預言者ポール・リンチが歌う物語に震撼(しんかん)必至。これ、他人事(ひとごと)じゃないですよ、日本人!
(栩木(とちぎ)伸明訳、早川書房・3410円)
1977年アイルランド生まれ。2023年、本作で英ブッカー賞を受賞。
◆もう1冊
『新版 全体主義の起原 3 全体主義』H・アーレント著、大久保和郎他訳(みすず書房)


























