【書方箋 この本、効キマス】宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人 今野 勉 著

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宮沢賢治の真実

『宮沢賢治の真実』

著者
今野 勉 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784101019710
発売日
2020/03/28
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【書方箋 この本、効キマス】宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人 今野 勉 著

[レビュアー] 塚越健司(学習院大学 非常勤講師)

清廉であろうとした一生

 誰もが知る宮沢賢治だが、童話として親しまれる作品が多い一方、その内容は難解だ。少なくとも評者は彼の作品を読み解く力に乏しいが、そのような読者も多いのではないか。しかしながら、本書に描かれた宮沢賢治の人生を読み解くと、作品の意味を理解するに留まらず、彼が抱えた理想や執着、罪悪感の重さに引き込まれる。

 本書の著者である今野勉氏は、丁寧かつ丹念に賢治の人生を辿っていく。そこで浮かび上がってくるものは、人間関係の挫折や嫉妬に後悔など、聖人のようにみられがちな賢治の印象を大きく変えるものだ。とくに、賢治の学生時代からの親友だった保阪嘉内に対する、恋ともいえる感情は、幸福だけでなく、信仰と執着が絡み合う挫折となり、その後の賢治の言葉と行動に影を落としていく。

 一方、本書を読めば読むほど、宮沢賢治という人物に「世間知らずのお坊ちゃん」の側面があることも分かってくる。宗教に裏打ちされた理想を追い求める一方、生活は裕福な実家の財政に頼っていること。にもかかわらず、質屋・古着屋という実家の家業に対する賢治の否定的な感情は、「純粋」と語るには不相応な、人間的な脆弱性を感じさせる。

 他方、賢治の人生を大きく変えた人物には、先の保阪に加えて、24歳の若さで亡くなった妹のトシ(トシ子)がいる。本書では、トシが女学校時代に経験した失恋と、それをめぐる出来事が地元紙で取り沙汰されたことによって、彼女が深く傷ついた過程が描かれる。しかしトシはその後、自らの経験を客観的に綴り、その心の傷を自ら整理しようと筆を取っている。その営みは、現代の心理療法である認知行動療法(CBT)を連想させるものである。また彼女が書いた文章は『自省録(宮澤トシ)』として2024年に出版されるなど、トシに関連する研究も続いている。

 本書は伝記的事実を並べるものではなく、資料の断片から賢治の内面へ踏み込んでいく手法を取っている。したがって本書は全編を通して、著者の細やかな調査に驚嘆させられる一方、その解釈がどこまで妥当であるかは議論の余地があるだろう。しかし本書の魅力はその危うさを含めて、作品の背後にある賢治の生々しい葛藤へと読者を連れていく点にある。本書の解釈を読んでいくことで、難解と言われる賢治の心象スケッチでもある詩集『春と修羅』を、私たちはより身近に感じることができるだろう。そして同時に、『銀河鉄道の夜』に込められた意味を一段と深く味わえるのだ。

 理想に燃えながらも、人間関係で挫折し、嫉妬や罪悪感、そして信仰に苦しむ賢治の姿は、間違いなくひとりの人間としての「業の深さ」を実感させる。宮沢賢治は清らかな人だったのではない。清らかであろうとして、修羅を生きた人だった。子供の頃、なぜ教科書に宮沢賢治が必ず掲載されていたのか今ひとつ理解できなかった読者は、ぜひ本書を手に取っていただきたい。修羅の如き葛藤を知ってこそ、童話に託された希望と絶望が響くのだ。

(今野 勉 著、新潮文庫 刊、税込880円)

選者:学習院大学 非常勤講師 塚越 健司

労働新聞
令和8年7月20日第3553号7面 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

労働新聞社

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