『夏帆』
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二行目をいかに遠くまで飛ばすか
[レビュアー] ZORN(ラッパー)

1989年生まれのラッパーZORN 実はかなりの“ハルキスト”だった
書評『夏帆 The Tale of KAHO』
中学3年生のころ、鑑別所に入っていたんですが、担任の国語の先生が星新一の小説を差し入れてくれて、そこで初めて読書の面白さを知りました。いまも出かけるときは必ず何かしらの文庫本を持ち歩いています。常に言葉と触れ合っているのは、創作をする上で重要なことなんです。
村上春樹さんの作品に出会ったのは、20代前半でした。最初に手に取ったのは『1Q84』。読んでみると、文章のリズムが自分の体に合う感覚があったのと、何より雰囲気がとてもおしゃれで、夢中になった。そこから村上作品にのめり込んで、対談やエッセイも含め、ほぼすべて読みました。
特に、『1Q84』に出てくる次の一節が、この世のあらゆる小説の中で一番好きですね。「どうしてあの十歳のやせっぽちの少女が、いつまでたっても心から去らないのだろう、と天吾は考えた。彼女は放課後にやってきて、おれの手を握った。そのあいだ一言も口をきかなかった。それだけのことだ。でも青豆はそのとき、彼の一部を持って行ってしまったみたいに思える。心か身体の一部を。そしてそのかわりに、彼女の心か身体の一部を、彼の中に残していった」。とても美しい心象スケッチだと思います。
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』や、『職業としての小説家』で語られる創作論からも刺激を受けてきました。若いうちってどうしても、難しいことを難しいまま表現してしまうことが多いのですが、『夢を~』の中で村上さんが「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現すること」が理想だとおっしゃっていて、この言葉はそっくりそのまま、僕がリリックを書く上での信条になっています。『職業としての~』からも、「時間を味方につける」ことなど様々なヒントをもらっていて、歳を重ねるごとに、村上さんの創作論をより深く理解できるようになっている感覚があります。
実は、創作の手法そのものは真逆なんです。僕はラッパーとして、いちばん最後の一行を言うために最初の一行を逆算するというか、オチまで決めてから取り掛かる。しかし村上さんの場合は、とにかくフリースタイルですよね。『夏帆』のストーリーにしても、どんな展開を見せるのか、作者自身もまったくわからない状態で書いているんじゃないでしょうか。
『夏帆』の主人公は26歳の女性で、これまでの作品に描かれてきたような、深い喪失感を抱えた都会的な「僕」に比べると、市井の人々に幾分か近い人物です。主な舞台も、武蔵境や浦和といった郊外で、なかでも僕の地元である新小岩という地名が登場するのは素直に嬉しかった。おそらく村上作品に新小岩が出てくるのは初めてのことですよね。洋食レストランを経営し、ぶっきらぼうで口も悪いけれど姪っ子のことを気にかけている夏帆の叔父のキャラクターは、非常に新小岩の人っぽいなと思いました。「新宿より西側の東京ってのが、どうにも肌に合わねえんだ」と毒づいている。
僕はリリックを書くとき、都心の風景を意識することはほとんどありません。どちらかというと自分と同じように郊外で暮らしていて、ちょっといなたくて、平凡な感覚を持った人々に向けて書いています。実際に日本人の大半はそういう人たちだと思いますし。これまでの村上作品は、一見都会的で個人的な物語にもかかわらず、いつしか普遍性を帯びていく、誰の心にも届くものになっていくという不思議さがありました。今回、『夏帆』の舞台を思い切って郊外にしたのは、村上さんに何か心境の変化があったのでしょうかね。
ルッキズムなど、現代的なテーマを扱っているのにも驚きました。一方、顔のない人物というモチーフや、謎めいた存在と話すことから物語が転がっていくところからは『騎士団長殺し』を連想しましたし、村上節も大いに感じます。
そしてなんといっても、冒頭から比喩表現が冴えわたっています。「この男は夏帆の心の動きを瞬時に残らず読み取っている。まるでありくいがその細長い舌の先で、シロアリの巣をきれいに舐め尽くすみたいに」と、そんなの普通思いつかないだろ! というたとえが出てきます。僕自身も、おこがましいけどそんな表現に憧れていて、例えば『Have A Good Time』という曲には「表参道のオープンカフェよりも/嫁さんとの醤油ラーメン」というラインがある。キャッチーなパンチラインを作るときには、一行目に対して二行目をいかに遠くまで飛ばすかということをいつも考えていて、そこも村上作品の影響を受けている自覚がありますね。
夏帆は駆け出しの絵本作家で、これは創作をめぐる話でもある。村上さん自身の作品制作への考えが随所にちりばめられ、「その話がそれからどのように発展していくのか、夏帆にはプランがまるでなかった」や「まあいい、べつに急いで仕上げなくてはならない仕事ではないのだ。出版社から依頼を受けて書いているわけでもない」といったように、夏帆を通して読者に秘密を明かしてくれているのかもしれません。
夏帆と同じく、僕にもスランプはあります。実体験を曲にすることが多いので、若いころは言いたいことも山ほどあったんですが、自分を切り売りするうち、次第に切るところがなくなってくる。売れて、お金もある程度持つようになってくると、ハングリーさも消えてくるし、そういう意味ではいまもスランプ状態です。でも、そこから何をひねり出していくかが大事。辛い経験もいつか必ず創作の糧になる。本作でも、夏帆には困難が次々立ちはだかりながらも、最後には涙を流し、目の前の仕事へまた戻っていく。この涙には、自分の身に降りかかった試練や作り上げてきた物語に対する、作者としての愛おしさが滲んでいるように感じました。
村上さんの小説は、人にあらすじを説明するのも難しいですし、結局どういう話だったのか最後までわからないこともあるんですが、気づけば、ある文章がいつまでも自分の中に残っていたりもする――それで十分なのだと思います。
〈インタビューをもとに構成〉


























