『写真があってよかった。』
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〈書評〉『写真があってよかった。森山大道伝』大竹昭子 著
[レビュアー] タカザワケンジ(書評家、ライター)
◆「路上のカリスマ」とは別の姿
森山大道は現代日本を代表する写真家の一人である。1960年代から路上を主な撮影場所に、光と影を大胆に切り取るカリスマ写真家として知られてきた。私自身が森山に取材した経験に照らしても、森山が身体ごと世界に飛び込み、直感的にシャッターを切ることをライフワークにしてきたことは間違いない。
しかし、カメラを片手にさっそうと路上をゆく森山は、森山大道像の一つではあってもすべてではない。著者の大竹昭子は80年代から断続的に森山への取材を重ね、その「路上のカリスマ」像とは異なる姿を描き出した。
大竹は森山の生い立ちから書き起こし、森山の半生をたどりながらその内面へと視線を向ける。その象徴となる作品が、森山自身が「青春の写真」と呼ぶ最初期の作品「無言劇」(64年)である。ホルマリン漬けの胎児の標本を撮影したこのシリーズは、森山の最初の写真集『にっぽん劇場写真帖(ちょう)』(68年)の最後に、エピローグのように黒い背景で付け加えられている。同写真集のほかの写真が、撮影した意図にかかわらずシャッフルされていることとは対照的で特異な印象を与える。森山はこの「無言劇」をどうしても入れたかったという。それはなぜなのか。
大竹は『にっぽん劇場写真帖』巻末の「無言劇」と、2003年にパリで開かれたカルティエ財団現代美術館での森山大道展で展示の中心に位置づけられた「無言劇」とをつなぎ、路上写真家とは別の森山大道像を描き出した。そこで浮かび上がってきたのは、「人間をみつめたい」という文学的志向を根底に置き、飽きることなく写真を撮り続けてきた作家の姿だった。
大竹は、森山も含む写真家へのインタビュー集『眼の狩人』など写真関連の著書も多く、自身で撮影した写真を交えた著書もある。本書にも、書くことと撮ることを通じて写真とは何かを考えてきた経験が生きている。「写真があってよかった」のは、森山が口にした実感であると同時に、大竹の思いでもあるはずだ。
(新潮社・3630円)
1950年生まれ。小説、写真評論などジャンルを横断して執筆。
◆もう1冊
『プロヴォーク 中平卓馬をめぐる50年目の日記』柳本尚規著(読書人)


























