『此方より 小林泰三未収録短編集』
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【解説】いつか時空の果てで――『此方より 小林泰三未収録短編集』小林泰三【文庫巻末解説:恒川光太郎】
[レビュアー] カドブン
小林泰三『此方より 小林泰三未収録短編集』(角川ホラー文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!

【解説】いつか時空の果てで――『此方より 小林泰三未収録短編集』小林泰三【…
■ 小林泰三『此方より 小林泰三未収録短編集』文庫巻末解説
解説 いつか時空の果てで
恒川光太郎(作家)
故人であるので、完全新作はもう読めないと思っていた。しかも圧倒的なボリュームに慄く。
逝去の報を耳にしたときの衝撃は計り知れなかった。デビュー作『玩具修理者』を学生時代に読んで感銘を受けて以来、ずっと憧れの作家である。後に私自身が、後続のホラー作家になってしまうが、影響を受けた作家を問われれば、小林泰三さんの名前が最初にでてくる。私だけでなくSFやホラー系の作家の多くはその源流に小林泰三が在るのではないかと思う。私は、仮に全く違う作風のものを書いていてすらも意識の端に、小林さんの作品群がいつもあった。
本作は各媒体に散らばった作品を集めたものだが、いつものように奇計連発、常識、常道に反旗を翻し、隙あらば世界の崩壊を狙ってくる。そして大作といってもいい読み応えのある中編が二つもある。
読み終えて改めて思う。鬼才、異才。個性の塊のような作家である。
たとえば、作者がわからない短編を読んで、作者名を当てるというクイズがあれば、小林泰三作品は「あ、これは絶対小林さんだ!」と真っ先にわかる自信がある。
玉石混交という表現がある。良いものもあれば、イマイチなものもある、という意味あいだが、小林泰三作品には玉も石もない。全てが鑑定不能の異次元鉱物だ。以下ネタバレの可能性もあるので、初読の方はここまでにて本文を読んでください。
本作収録の「大いなる種族」と「此方より」は大作中編で、創土社のクトゥルフ神話テーマのアンソロジー『超時間の闇』と『彼方からの幻影』に収録されたものである。おそらく分量的に後一編揃えば、同じ版元からクトゥルフテーマの中編集として単行本化されていたのではないかと思う。
「大いなる種族」は、物語の主要種族に円錐状の生物がでてくるが、このヴィジュアルが思い浮かばない諸氏は、〈イスの大いなる種族〉でネット検索することをおすすめする。クトゥルフ神話の一柱なので画像と説明が見つかるであろう。精神交換能力を持った種族の、地球の支配者を巡る戦いが、数億年規模のランダムな時間跳躍と精神跳躍のなかで展開する。敵も味方も、自分が何者かも不安定な、どこか「酔歩する男」が壮大な時空間戦記になったかのような眩暈のする混沌が味わえる。
思えば氏のデビュー作、「玩具修理者」も、クトゥルフものだった。ライフワークのようなものであろうが、「大いなる種族」は、最大スケールと思う。
既刊作品のなかでは『アリス殺し』も人気作で、小林さんには名作インスパイア系譜の作品群があることも忘れてはならない。芥川龍之介の作品群を下敷きにした『杜子春の失敗』という短編集が刊行されているが、本書にはなんと、太宰治ネタの「メロスの疑念」が収まっている。人を信じぬ「人間失格」の主人公(明記されていないが)と、真逆の精神性を持つメロスのありえない邂逅を描いた。名作インスパイアは、他にもシャーロック・ホームズの世界観で、モリアーティーとの戦いでホームズが死去したあと、ワトソンのもとに謎の男がやってきて自分はホームズだといいはる「最初の角逐」が収録されている。
『目を擦る女』所収の「超限探偵Σ」以来、あちこちの版元の短編集に探偵Σものが収まっているが、本書の「量子密室」もΣもの。警部との淀んだやりとりがもう。田舎の神社の話かと思いきや、独創的な宇宙観がコントのような会話劇で紡がれ、読者を翻弄する「虹色の高速道路」に、「人獣細工」を想起するアンモラル甚だしい「愛玩」。オチがどっちに転ぶか固唾をのんで頁をくると、え、こっちに来るの? と思わぬ一撃に冷や汗が流れる「シミュレーション仮説」。自業自得と運命決定論が融合したかのような救いのない円環の「自分霊」。さらには、およそ最後の一文の手前まで文学性皆無の、少しも単純ではない立体図形超短編「単純な形」その他、どの編も実にらしい作品だ。
作品は語る。現実とは万人にとっての不変の事実ではなく、それを観測したそれぞれの脳の主観でしかない。宇宙と時間の確たる姿は、たかだか数千年、宇宙時間に換算すれば瞬間的に存在したにすぎない人類の脳と感覚器官では感知すらできない。時間の正体は一方通行ではないかもしれないし、人類とは別種の知的生命体は地球の覇権を争っていたかもしれない。
「此方より」は、序盤、「インスマスの影」を想起させるが、馬子崎博士や地名が同一なので「C市」の前日譚、「C市からの呼び声」の世界観を持つ作であろう。中盤から絶妙なB級ホラー映画臭を漂わせて進行していくが、最後に世界の足場が崩壊する。これもまた「大いなる種族」同様、とんでもないスケールの話であり、締め方がうまく、唸らせる。
人類は次の瞬間には消え去りかねないあやふやな存在で、世界破壊スイッチのボタンは、いつ押されるかわからぬまま、運命、あるいは自然の偶然に委ねられている。そんな諦観を示す本作のラストは、現実の人生、あるいは人類存在が、事実として刹那的な現象でしかないことと共鳴し、不思議な切なさを呼び起こす。
まだお元気だったころ、何度か日本ホラー小説大賞の贈賞式のパーティーでお会いした。初めて会ったころの小林さんはなにかの雑誌でスーパーサラリーマンと紹介されていた。なんと企業で研究職をしながら兼業で作家をしていたのだ。
挨拶をすると、気さくに話してくれた。笑顔で迎えてくれる小林さんが好きで、私はいつも周囲をうろうろしていた。狂気を感じるつき抜けた作風とは逆に、知的で優しく、そしていつも笑ってこの世界を楽しんでいる、格好いい人だった。
58歳。あまりにも早いが、その偉業にして異形の作品群は、この先、何度も何度も再発見され、語られるはずだ。
波動関数が収束した頃、彼方の宇宙のどこかの時間軸で、またお会いできたらと願っている。



























