『誰何』
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【書方箋 この本、効キマス】誰何 伏尾 美紀 著
[レビュアー] 大矢博子(書評家)
名刺が起点の人間ドラマ
仕事をしていると名刺交換の機会は多い。誰に渡したか、そのすべてを覚えている人はいないだろう。伏尾美紀『誰何』は、なぜその人物が自分の名刺を持っていたのかという謎から始まる警察小説だ。
物語はふたつの事件を中心に描かれる。ひとつは、東京都内で孤独死した女性の一件。松川美和という女性であることが判明し、警察官は札幌に暮らす親族にそれを知らせた。ところが電話を受けた親族は、美和は2年前に死んだという。ではこの女性は誰なのか。
もうひとつは石狩で起きた轢き逃げ事件だ。被害者は死亡、早朝のことで目撃者もおらず、警察は防犯カメラを頼りに地道な聞き込みを行った。ところがようやく容疑者を特定したところで、その容疑者も車も行方が知れず……。
このふたつの事件をつなぐのが、名刺である。東京の松川美和の部屋と、北海道の轢き逃げ被害者の部屋から同じ人物の名刺が見つかったのだ。
その名刺の人物、新内由紀(よしのり)が本書の主人公である。新内は元刑事。現在は警察を退職し、児童相談所に勤めている。くだんの名刺はともに、新内が今から6年前、警察在職中にわずか2年間だけ所属した生活安全課時代のものだった。
松川美和という女性も、轢き逃げ被害者の工藤という男性も、新内にはまったく覚えがない。新内は警視庁の刑事に頼まれ松川美和を調べ始めるが、ふたつの事件が思わぬ形でつながっていき……。
主軸は警察小説で、ふたつの事件がどうかかわるのかで読ませるのは間違いないが、本書の真髄は濃密な人間ドラマにある。脇役に至るすべての登場人物に過去があり感情があり事情があるということが色濃く描き出されるのだ。
たとえば新内が児童相談所でともに働く相談員。理想に燃えてこの仕事に就いたのに、保護者の反発や暴言に遭い、善意が通じない相手がいるという事実に心が折られていく。
また、新内の妻の三春。子どもが欲しいのにできない、なら養子縁組をと思うがそちらも土壇場でひっくり返される。それでも警察を辞めた新内を支え、仕事に邁進している。
あるいは、新内の部下だった刑事の砂村。幼い頃に母が出奔したことで暖かな家庭に飢え、早くに結婚する。しかし妻に裏切られ、酒に逃げ、仕事で大きな失敗をしてしまう。
新内が調査の途中で出会った人々一人ひとりにもそれぞれの生活や事情があるということが自然と浮かび上がる。事件に関係のない、ほんのわずかな出番しかない人物ですらその背景を感じさせる筆致は見事という他ない。
事件の真相はひとつだが人の思いはひとつではないという当たり前のことが、静かに胸に迫ってくる。ここにあるのは、誰かが誰かを思い、庇い、守ろうとする温もりだ。親子の情とは何か。夫婦の情とは何か。家族の情とは何か。
『北緯43度のコールドケース』で江戸川乱歩賞を受賞してから5年。出世作となった『百年の時効』を経て、その力を十全に見せつけた濃厚な物語である。
伏尾 美紀 著、光文社 刊、税込2090円
選者:書評家 大矢 博子


























