ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱
2022/01/02

「美」至上主義の宝塚で「醜」を描く「ファントム」  ありのままの自分を愛して欲しかったエリックの「こじらせ」について、元タカラジェンヌが真剣に考えてみた

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宝塚歌劇「ファントム」イラスト・はるな檸檬

花組東京宝塚大劇場公演の初日の本日、そわそわしたり少し緊張したり、心が忙しい宝塚ファンのみなさん。元宝塚雪組、早花まこさんによる特別ブックレビュー第2弾をお届けします。今回取り上げるのは「オペラ座の怪人」。2018年望海風斗さん主演「ファントム」の感動も鮮やかによみがえります!(※記事内容は、2021年2月8日掲載時のものです。)

 ***

え、これって実話なのか!?

 仮面をつけた謎めいた男と、歌姫・クリスティーヌの恋物語。不朽の名作として世に広く知られているのが「オペラ座の怪人」である。

 この作品は、1909年にフランスで発表された小説だ。作者は、ガストン・ルルー。舞台化や映画化を重ね、さらには原作を題材にしてオマージュ作品が作られるなど、現代でも世界中で親しまれている。

 子供の頃、ケン・ヒル演出の来日公演を観たことがある。幻想的な月光に照らされ夜空に向かい歌う、仮面の怪人・ファントム。孤独にたたずむ彼の哀切な熱唱は、強烈な思い出として今でも記憶に残っている。

 ミュージカル「ファントム」は、アーサー・コピットが脚本を、モーリー・イェストンが作詞作曲をてがけたもので、宝塚ではこれまで4回上演されている。

 同じく世界的に人気のあるケン・ヒル版、アンドリュー・ロイド・ウェバー版のミュージカルとは、物語の展開が異なる。原作との違いや登場人物の心情に注目してみると、この古典作品は俄然面白くなってくる。

 私がこの小説を読んだのは、2018年に宝塚歌劇団雪組での「ファントム」上演が決まったことがきっかけだった。

 小説の序文で、私は早々に物語の“トリック”にひっかかった。

「これは、実話?」

 新聞記者でもあった作者ルルーは、この作品を書くにあたって物語の舞台、パリにあるガルニエ宮の構造設計やオペラ座の組織についてなど、緻密な取材を行った。さらにはオペラ座にまつわる怪談から実際に起こった事件まであらゆることを調べ尽くした。そうして得た情報を元にした小説は、全体が擬似ノンフィクション調で書かれている。

「私はさらに、事件に多少ともかかわった名士たち、シャニー一族と親交のあった人たちに、私が集めた資料をすべて見せ、私の推理を披露したが、彼らも私の意見に賛成し、私を大いに激励してくれた」

 冒頭からただならぬ臨場感で読者を引き込んでいく。

 神出鬼没の怪人が地底湖でボートを操り、地下の森で馬を走らせ隠れ家に住む。荒唐無稽に思えるこんな展開も、ルルーは徹底した取材とアイディアによって、合理的な説明をする。

 鏡の向こうに消える人影さえ「現実でもありえる」と思えるからこそ、誰もが手に汗を握ってのめり込めるのだ。


元宝塚歌劇団雪組の早花まこさん

醜さを背負うトップスター

 主人公はエリックという青年で、生まれつき醜い外見をしている。「髑髏のようだ」と表現されるその顔は、鼻も唇もない。腐肉の顔とまで書かれるその恐ろしい容貌を仮面で隠し、人目を避けてオペラ座の地下に隠れ住んでいる。

 見た目は醜いが、心の中は誰よりも美しい。なんて物語の「定石」をエリックはことごとく裏切るから面白い。

 エリックは、音楽を愛し歌の才能に恵まれている。幼き日の記憶にある「天使の歌声」を探し求める繊細で純粋な心を持つ一方で、邪魔な人物は容赦なく消すという残酷さをむき出しにするのだ。その外見のせいで親に捨てられたエリックの心はねじ曲がり、感情の極端な偏りを抱えている。

 宝塚でエリックを演じるのは、男役トップスターだ。究極の美の世界「宝塚」で醜い人物をどのようなビジュアルにするのか。

 美しい仮面と、その下の大きな傷。それが、宝塚のエリックの顔だ。

 もちろん、「骸骨のよう」に醜くはないが、青白い照明や不気味な効果音が異形のエリックを演出する。エリック本人はもちろん、周りの人間たちが「醜さ」をどう表現するか、宝塚にとって大きな挑戦なのだ。

 作品の主題であり魅力のひとつが「音楽」だ。言葉で表すのが難しい音楽というものを、ルルーはその卓越した文章力で見事に書き出す。

「その忘れがたい音色が天上から響いてくるのでないとしたら、いったい地上のどこから響いて来るのか?」

「それは妙なる響きの静かで清らかな泉で、忠実な弟子たちは、その水を飲めば必ず音楽の恵みにあずかることができただろう」

 モーリー・イェストンによる圧倒的に美しいメロディは、同時に大変な難曲でもある。その全てを情感豊かに歌い上げたのは、望海風斗さんと真彩希帆さんのトップコンビだ。

 2018年、7年ぶり4回目の再演となった「ファントム」。同じ舞台上で聴いていても、まるで光と色を放っているかのような二人の歌声だった。

 恋心、恐れ、悲しみ、勇気、嫉妬、喜び……エリックとクリスティーヌのこまやかな感情を心震わす歌声に乗せ、「ファントム」の世界を現実のものとした。

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