ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱
2022/04/18

「弱い人たちは、かなわない夢を見る」 元タカラジェンヌが熱く語る、少女漫画の金字塔『ポーの一族』の素晴らしさ

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「ポーの一族」イラスト・はるな檸檬

雪組宝塚大劇場公演千秋楽の本日、元宝塚雪組、早花まこさんによるブックレビューをお届けします。
今回取り上げるのは萩尾望都さんの傑作漫画『ポーの一族』。宝塚では2018年に当時花組トップスターであった明日海りおさん主演でミュージカル化され、漫画から飛び出してきたような美しさと繊細な演技が大変話題を呼びました。はるな檸檬さんによる明日海さんと華優希さんのイラストにもご注目ください!

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「そこにエドガーがいた 」

「ポーの一族」、この漫画を読み返す機会は、もうないと思っていた。初めて読んだのは今から20年以上も前のことだった。高校生だった私は、大人になって生きていく術を学ぼうとしていた。当時の私が夢中で読んだ小説や漫画は、この先避けては通れないであろう人生の難関や、人間の愛憎が絡まり合う様子が描かれたものばかりだった。そんな時に出会った「ポーの一族」は、「大人」になるべく背伸びをしていた私にとって、「ファンタジックな少女漫画」としか思えなかった。私の心は主人公エドガーの世界に深くのめり込むことはなく、これまで思い出さずに過ごしてきた。

「ポーの一族」は、1972年から76年まで「別冊少女コミック」に連載された、萩尾望都(はぎおもと)先生による傑作漫画だ。2016年には40年ぶりに新作が発表され、現在も連載が続いている。

 タイトルにもなっている「ポーの一族」とは、バンパネラとして人々から恐れられている不老不死の者たちのことだ。 18世紀から21世紀にかけて移り変わるヨーロッパの街並みが、こまやかに描かれている。 エドガーは、少年の姿のまま成長しない。最愛の妹・メリーベル、孤独を共にする少年・アランなど、美しく情感豊かな登場人物たちが物語を進めていく。

 この漫画は、多くの読者の心をつかんだ。連載開始から2年後に発売された「ポーの一族」の単行本、第1巻の初版3万部は、発売から3日で完売したという。

 熱狂的読者のいる「ポーの一族」が2018年に宝塚歌劇団で初めて舞台化されると決まった時、すでに完成された舞台が目に浮かぶほど、ぴったりな組み合わせに思えた 。18世紀のヨーロッパを舞台に人間ならざるものの神秘的な美しさを表現するのに、宝塚はこれ以上ない場所だと感じたからだ。

 脚本・演出は、「ポーの一族」のミュージカル化を夢見て宝塚歌劇団に入団したという小池修一郎先生。しかも、当時の花組トップスター・明日海(あすみ)りおさんは、小池先生が「エドガーはいた。明日海りおである」と言ったほど、この美しくも孤独な少年を演ずるにぴったりだと期待されていた。そしてこの舞台を観た後で、私が作品に抱いていた印象は少し変化していた。

耽美の奥を見る

 ポーの一族は、人間の「エナジー」を吸って生きながらえている。呼び名はバンパネラ、大きなくくりでいうと「吸血鬼」だ。世界各地には吸血鬼にまつわる数多くの伝承があり、小説や映画の題材として現代も人気がある。それは一体なぜだろうと、私はずっと疑問を抱いていた。

 血液は、身体に傷がつくと皮膚の表面に現れてくる。だから人体の内側を巡るその赤い液体は、できれば見ない方が良いもののはずだ。大量に流出すれば命の危険が迫り、 体外では強烈な臭気を放つ。生命が活動を止めると身体の下に沈み込んで、青ざめた皮膚に陰鬱な色の斑点を描く。人体の中で最も鮮やかな色彩を持つそれは、生命の象徴ととらえられ、おそれられる。また、情熱や闘争心といった心の奥底から湧き上がる気持ち、その精神状態を表すものでもある。つまり血液とは、生物にとって不可欠であるのに忌むべきもので、それを糧として生きるのがバンパネラだ。

「人間の血を吸って生きる」存在は、不気味で恐ろしく背徳的な行為だからこそ、こんなにも人の心を惹きつけるのだ。宝塚の舞台を観たあと20数年ぶりに漫画を読み返してみると、その小さなドアの奥に深遠な世界が広がっていると気がついた。

 この作品の大きな魅力は、なんといってもエドガーの存在だ。舞台「ポーの一族」のエドガーは、美しかった。だが、明日海さんがエドガーとして存在していたのは、それだけが理由ではなかった。生身の人間とは思えない妖しい佇まい、そして、少年らしい容貌には、老いた獣を思わせる老成した表情が浮かんでいた。外見 の美しさに頼ることなく、複雑極まりないエドガーの内面を表現することに挑まれていた。

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