ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2021/09/24

小学生時代の“変態ごっこ”がまさかの賞賛 アンガールズ田中が経験した「終わりの会」での神展開

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「抜けた3人」です。

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 僕が小学5年生の頃、男子がお昼休みにやることといえばサッカーだった。

 対戦相手は6年男子。なぜか毎日休憩時間になると5年生対6年生の戦いがあって、しかもそれに命をかけるくらいの熱量で対決していた。

 負けたらクラス全体が本気で落ち込むし、勝つと上級生に勝ったということで一日中嬉しい。

 サッカーといえば、11人対11人でやるものだが、その辺のルールは関係なく、とにかく5年生なら何人参加してもいいし、6年生なら何人参加してもよかった。だから男子は全員参加していて、大体いつも25人対25人だった。

 グラウンドにびっちり50人いるので、綺麗なパスなんて通るわけがなく、当然ポジションという意識もない。ボールが右に行けば右に、左に行けば左に、流れるようにただ夢中で皆がボールを追いかけていた。

 それでもやっぱり運動神経のいい人が活躍するから、僕みたいな運動神経が悪い人間には、ボールが回ってこない。味方がボールを持っていて、へいへいとボールを要求しても、へいへいと言っているのが僕だと分かったら、違う人にパスを渡す。

 それに対して、何でだよ! と怒れるほどの技術もないし、もし実際にボールがきてミスをしたらどうしようという気持ちでへいへい言っていたので、他の人にパスがいくとホッとしていたのを覚えている。

 たまたま弾みで僕のところにボールが来ても、運動神経が良くて、サッカーが上手い3人の誰かに、ボールを速やかに渡さなければならない暗黙のルールがあった。

 小学生なのにすでに、会社の歯車として働くサラリーマンのような現実を受け入れて過ごしていた。

 そんなふうに参加しているので、ある日のお昼休み45分間、めいっぱいサッカーをやったのに、1回しかボールに触れないことがあった。僕はただただグラウンドを走っていただけだ。

 あまりにも虚しくて、情けなくて、運動神経がいいクラスメイトにも何だか腹が立ってきた。

 こんな辛い思いをするなら、と次の日のサッカーはボイコットすることにした。

 しかし情けないことに、一人でボイコットする勇気もなかったので、友達の田辺君と大村君を誘った。

 なぜその二人なのか。それは僕と同じように、ボールは回してもらえない、サッカーが下手くそな二人だったから。僕から見てもとてもじゃないけど、5年対6年の決戦に役に立っているとは思えなかった。失礼ながら声をかけると、あっさり二人ともオーケーしてくれた。

 次の日から22人対25人になるけど、そんなこと知るか! と思い、初めて3人で休憩時間の歯車サッカーから抜け出した!

 スカッとして、革命を起こすような気持ちだったのを覚えている。

 僕たち3人が抜けたら、クラスの男子たちが怒るんじゃないか? と思っていたけれど、何でサッカーやらないの? と言ってくるクラスメイトは一人もいなかった。

 実のところ、小さな歯車が3つ抜けても何の影響もないのが悔しかったし、しかもその日は6年生に勝利したらしく、お荷物3人が抜けて5年生チームが強くなったようで恥ずかしかった。
 
 
 ところで抜け出して何をしていたのかというと、図書室に行って本を読んだり、学校の裏で蜂の巣を見つけて、それが危険だということを先生に報告したり。3人で校内をウロウロしていただけなのだが、サッカーをやっている時より楽しかった。

 そしてある日、僕たち3人のチーム名を決めようということになった。

 子供なりに色々考えたけれど、語彙力がないので、みんなと違うことをしている3人というニュアンスをうまく表現できず、「変態ごっこ」という名前に決まった。

 あの時の僕がレボリューションとかレジスタンスという言葉を知っていれば、もっと格好がついたかもしれない。

 その頃から僕たちが休憩時間にやるルーティンが決まり始めた。

「変態ごっこ」という言葉に触発され、どんどんみんなと違う遊びをやろうということになった。

 学校の遊具をみんなと違う使い方をしないといけないというルールを決めて、例えばブランコは漕がずに、ブランコから隣のブランコにいかに早く渡れるか、そのタイムを3人で競った。

 ブランコは4つあったが、すべてを15秒くらいで渡らなければいけなかった。単純だけれど結構難しい。

 変態なので滑り台でも滑らず、滑り台の支柱を登ったところで休んで、コアラになりきるというだけ。

 3人でコアラになって大満足だった。

 他にも色々やってみたけれど、一番変わっていた遊びは、ジャングルジムだ。

 ジャングルジムに登るとき、変態なので手を使ってはいけない。

 足と顎だけ使っていいルールで、顎と首の間にジャングルジムの横棒を挟んで、足で一段ずつ上がっていく。足でガッと踏ん張った瞬間に顎を離して、さらに上の横棒を顎で挟む。そんなこと出来そうにないけれど、うまくバランスを取ると、手を使わずに頂上まで上がることができる。

 これを3人で必死にやっている姿は、「変態ごっこ」の名に相応しかった。しかも、本気で毎日やっていた。

 3ヶ月くらいすると、顎と足だけで物凄いスピードでジャングルジムの頂上まで行けるようになった。ちょっとした雑技団くらいには見えていたと思う。

「変態ごっこ」が半年くらい続いた頃、事件が起きた。

 その日も、ジャングルジムを軽快に顎と足で登っていると、クラスの女子3人が声を掛けてきたのだ。

「何してるの?」

 チーム「変態ごっこ」に緊張感が走った。

 まず、女子と気軽に話すことができるような3人じゃない。元々モジモジしている3人は、さらにモジモジし始めた。

 しかも、よりによってジャングルジムを顎と足で登っているところを見つかってしまったのだ。何をしているのかの説明は難しい。

 しかし、ここは腹をくくって全てを話すしかない。そう思った3人は、普通の人がやらないことをやっていて、滑り台の支柱でコアラになったり、今はジャングルジムを顎と足だけで登っているのだ、と説明した。

 本来なら、気持ち悪い! と切り捨てられて終わりだと思うのだが、小学生というのは面白いもので、女子たちが「何それ! やってみたい!」と顎と足だけでジャングルジムに登り始めたのだ。

 しかし、初心者には難しいのか、全然登れない。

 そこで、僕たち3人が半年間鍛え上げた技術で、ものすごいスピードで頂上まで登ってみせると、「凄い! え~~!! 何で!!」と驚いていた。

 その瞬間だけは間違いなく、同じグラウンドでサッカーをやっているどのクラスメイトよりも、「変態ごっこ」雑技団が輝いていた。
 
 
――その日の終わりの会。

 終了間際に、先生が他に何かありますか? と聞いた。

 いつも「ありません」と答えて終わるのがテンプレートなのだが、その日、昼間に遊んだ女子の一人が手を挙げた。

「今日、田中君と、大村君と、田辺君とジャングルジムで………」

 え~!! そのことを言うのかよ!! 何で言うんだよ!! 「変態ごっこ」の3人は焦った。

 そもそも、クラスの男子は基本的に5年対6年のサッカー対決に参加しないといけないのに、それを抜け出して「変態ごっこ」を始めた経緯を、その女子は知らないのだ。

 クラスの男子にそのことを知られるのもやばいし、また遊びの内容もやばい。

 しかしその女子は、ご丁寧に顎と足でジャングルジムに登ったことを発表し、なぜか満足げにしていた。小学生女子の感覚はわからない。

 そしてクラスに男子の失笑が溢れる中、先生が言い放った。

「休憩時間に男子と女子が一緒に遊ぶのはいいことですね!」

 まさかの先生の賞賛に、「変態ごっこ」は社会的地位を得るという神展開を果たしたのだ。

 かっこよく言えば、それは社会から外れた3つの小さな歯車が、新しい社会の中で動き出した瞬間であり、その歯車は前よりも少し大きく見えた! というような感じであった。


女子3人が女子大生になっていたら多分こんな感じ! イラスト:田中卓志(アンガールズ)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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