ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2021/12/24

優越感に浸っていた自分を恥じた アンガ田中が語った「パチンコ屋」での衝撃体験

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「パチンコ」です。

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 僕は、自分のことを底辺の人間だと思ったことがある。
 
 
 
 25歳。お笑い芸人になったものの、売れる気配もなく、20代も半ばなのに、バイト生活を続けていた……。

 休日があっても、遊ぶお金はない。そんな僕を救ってくれたのは図書館だった。

 本を読むのも、流行りの音楽CDや落語のCDを借りるのもタダ。

 何もしていないと、自分の社会的底辺具合からくる不安に押し潰されそうになっていたので、当時の僕にとって、行くだけで、今日は何かしたという満足感を得られる場所だった。
 
 
 
 その図書館へ向かう途中に、朝9時頃通ると、決まって行列をなすパチンコ屋さんがあった。

 並んでいる人は、目の据わったおじさんや、ちょっと怖めな若者など、一癖も二癖もあるような人が多かった。

 僕はその頃、人生で一度もパチンコを打ったことがなかったので、その人たちが何故並んでいるのか、全くわからなかった。

 きっと開店と同時にパチンコが打ちたくてたまらないから並んでいるのだろう、くらいに思っていた。

 後に知ることになるのだが、自分の打ちたい新台をいち早く取るためだったり、少しでも勝つ確率が上がるように、狙った台を取るための努力で並んでいたのだ。

 僕はそんなことを知らないから、勝手なイメージで、

「朝からパチンコに夢中になっちゃって、この人たちは終わってるな~底辺だな~」

 と思いながら、その前を通りすぎていた。

 25歳にもなって、全く売れないお笑い芸人をやって、パチンコをやるお金すらない程僕が底辺であるのに、なぜか「あの人たちには勝っている」と思っていたのだった。
 
 
 
 そんな僕だけど、実はパチンコ屋さんで働いたことはあった。

 大学生の頃にパチンコ屋さんでアルバイトをしていたのだ。一度も打ったことがなくても、働くことはできた。パチンコ台に玉が詰まったらその玉を取り除いたり、床に落ちた玉を拾ったり、掃除したり、大当たりが来た人のところに玉を入れる箱を持って行ったりする。立ち仕事だけどエアコンが効いて時給もいい、楽な仕事だった。

 唯一大変なのが、毎日19時になると始まる、フィーバータイムというイベント。

 フィーバータイムになると、T―SQUAREの「TRUTH」(フジテレビ「F1グランプリ」の曲)がパチンコホールに大音量でかかる。

 ただでさえ騒がしい店内が、爆音で満たされ、さらにその爆音を押しつぶす程の勢いで、お客さんの気持ちをたかぶらせるノリノリなマイクパフォーマンスをしなければならない。

 僕はマイクを持って、バイトの先輩がやっているのを見様見真似で必死にパフォーマンスする。

 その煽り方はもう、夜の街でいかがわしいお店の客引きをしている人みたいな口調で、モジモジ人生を送っていた僕は顔を真っ赤にしながら、自分の殻を破るように叫んでいた!

「さぁ~いらっしゃいあせ~いらっしゃいあっせ~! あ~りがとうございます~~いらっしゃいあせ~! 本日はパーラーダイアナにお越しいただき~、誠に~~あっ誠に~ありがとう~~ございます。本日いらっしゃいました全てのお客様に~厚く~深く~、深く~厚く~御礼申し上げます~さぁ222番台(ふたひゃく~ふたじゅう~ふたばんだい)のお客様~ビッグボーナスゲームおめでとうございま~す。おおっと、356番台のお客様~~3連チャンのビッグボーナスおめでとうございま~す」

 それからは、今、大当たりが来ている人を片っぱしから実況していく。

 他のバイトの先輩達も全員マイクを持っているので、タイミングが難しい。

 爆音の中、先輩の実況の隙間を見つけては、「おおっと!!」「さぁさぁ止まりません!」と言葉を続けていく。

 日常生活では1回も言ったことがない言い回しを使うものだから、自分が自分じゃなくなっているような感覚。

 僕の中にいる勝手なイメージの古舘伊知郎さんを召喚しては、勢いよくパフォーマンスしていた。

 19時から20時まで1時間ずーっと実況を続けるものだから、最後はいつもお客さんの誰より、自分が興奮していた。

 ガンガン煽っている割には、ビッグボーナスゲームというのが一体なんなのか? どのくらい凄いことなのかすら全く分かっていなかったので、今考えたら滑稽な時間だった。
 
 
 
 そんなバイト経験もある僕が、なぜ人々が朝パチンコ屋に並ぶ理由を知らなかったかというと、僕の働いていたパチンコ屋さんは、めちゃくちゃ田舎にあったのだ。

 田舎のパチンコ屋さんは、朝並ぶ人なんていなければ、開店と同時に人が入ってくることもほとんどなかった。

 だから図書館への通り道にある、そのパチンコ屋さんだけ、開店と同時に行けば、何かものすごいものが貰えるんじゃないか? と思うようになり、その前を通るたび、気になる気持ちが大きくなり、とうとう自分でパチンコ屋さんへ行って確かめることにした。

 パチンコデビューをするのだ。

 偵察の前日、朝9時の開店に間に合わせるために、目覚まし時計を8時半にセットした。

 ただ、当日になって目は覚めたものの、ダラダラしていたら、家を8時55分に出ることになってしまった。

 急いでパチンコ屋さんに向かったが、行列のおじさんたちは既にお店の中に入店したところだった。

 僕もおじさんたちに1~2分遅れてお店に入り、何かいいものが貰えないかキョロキョロしながら店内を歩いていると、誰も座っていないパチンコ台の受け皿のところに、パチンコ玉が100発くらい入っているのを見つけた。

 周りの台を見ると、5~6台置きくらいに100発くらい玉が入っている。

「これだ!……」その時僕は、瞬時に全てを悟った。

 お店の人が、朝早くからお店に来てくれるお客さんに感謝して、何台かのパチンコ台に100発無料で玉を入れておいて、早い者勝ちでプレゼントしてくれる。この100発を求めて、おじさんたちや若者たちが並んでいたんだ! と。
 
 
 
 そして、僕はすぐにその台に座って人生初のパチンコを打ち始めた。

 ビギナーズラックでフィーバーしないかなぁという思いも虚しく、玉がどんどん吸い込まれていく。とうとう無くなりそうになった頃、背後から「おい! てめぇ!」という声がした。僕は振り向こうとしたが、それを待つことなく、誰かに髪の毛をガッ! と掴まれた。

 頭をグイッ! と後ろに引っ張られたために視線が上を向き、天井が見えたと思ったら、そのまま椅子から凄い勢いで引きずり下ろされ、床に背中から叩きつけられた。

 なぜか、知らないおじさんが僕のことを攻撃してきたのだ。

 叩きつけられて終わりかと思ったら、おじさんはまだ髪の毛を掴んでいて、3回グイングインと振り回され、投げ捨てるように僕を床に放った。

 あまりの急な出来事に、自分が現実逃避をしたかったのか、自己防衛本能なのかわからないけれど、その時なぜか「髪の毛って大量に掴まれたらあんまり痛くないんだなぁ」と考えていた記憶がある。

 パチンコ屋の床で仰向けになって見上げると、おじさんが悪臭漂うドブを見るような目で僕を睨んでいた。

「俺の台だろ!」

 何を言っているのか分からなかったけど、咄嗟に、

「すみません……」

 と謝った。

「金入れろ! 千円!」

「はい」

 この瞬間僕は改めて、真実を悟った。

 先程悟ったことは、全て僕の妄想であって本当は違った。

 早朝100発無料キャンペーンの真実はこうだ。

 おじさんたちは朝早くから、ただ単に自分の打ちたい台で打つために並んでいた。開店と同時にダッシュして、自分の打ちたい台に千円入れて、とりあえずパチンコ玉を出しておくことで、「これは俺の台だぞ! 取るんじゃねえぞ!」というマーキングみたいなものをしていたのだった。

 パチンコをやっている人からすれば当然のルール。

 その人たちは朝から並んでいたので、一度台から離れてトイレに行ったり、コーヒーを飲んだりして一服した後、戻ってきてパチンコを楽しむ。

 僕は、そのトイレ休憩の合間に店内に入ってきて、玉の入った台を見つけて勝手に早朝100発無料キャンペーンの妄想を繰り広げ、目の前のパチンコ台に飛びついてしまったのだ。

 もうお気づきだと思うが、僕はどこかの知らないおじさんが一生懸命並んでマーキングした台を奪い、さらにそのおじさんのお金で出したパチンコ玉をガンガン打っている異常者になっていた。

 恐らくおじさんは戻ってきた時に「とんでもない強者が自分の台を平然と打っている!」と、ある意味ビビったと思う。
 
 
 
 僕は財布から千円札を取り出し、パチンコ台にお金を入れようとしたけれど、パチンコ台のお金を入れるところは縦なので、震えて上手く入らない。千円札を持った手の手首を反対の手で掴んで、少し震えを抑えると、お札はようやく吸い込まれていった。

 パチンコ屋さんに並ぶ人を見ては、「あの人たちには勝っている」なんて勝手に見下していた僕は、その人にドブのように見下され、無我夢中で逃げるようにパチンコ屋さんを飛び出した。

 パチンコ屋さんの前を通るたびに勝手な優越感に浸っていた自分を恥じて、全てを振り切るように自転車を漕いで家に帰った。そのまま布団に入り毛布を頭から被った。目をぎゅっと瞑って体を丸めると、心臓の音がうるさかった。

 僕のパチンコデビューは勝つどころか、あっという間に終焉を迎え、毛布の中で心音がフィーバータイムのように耳に響いていた。


女性店員さんは普段、パチンコを打つ人なのか? いつも気になります。 イラスト:田中卓志(アンガールズ)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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