ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2022/03/25

空手教室でお漏らし……アンガールズ田中がいまでも感謝している師範の神対応

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「空手と嘘」です。

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「あれ? なんか、床から水が出てきたんだけど………」

 これは、10歳の頃の僕がついた嘘だ。

 人間は大人も子供も、嘘をつく。僕はこの嘘を通して、「大人の嘘」を実感した。
 
 
 
 僕は小学1年生から5年生まで5年間、空手道場に通っていた。

 自分で空手をやりたいという気持ちはなかったけれど、母が「気持ちだけでも強い人になれるように」という思いで通わせ始めたらしい。6歳の僕は気づいたら道場に通うことになっていた。

 道場は週に2回、月曜日と金曜日。近くの公民館に空手の師範が来て教えてくれていた。

 師範は、普段は眼鏡屋さんをやっていて、仕事終わりに稽古をつけにきてくれていた。優しさと厳しさを併せ持つ50代くらいのおじさん。

 空手の稽古も厳しかったが、それよりも、とにかく規律に厳しかった。

 道場に入る時には「オッス」と大声で挨拶をして、一礼しないといけない。

 そして靴を揃えて入らなければならない。それが出来ていないと、稽古が始まる前に「なんで靴を揃えてない奴がいるんだ!」と師範が激怒する。

 田舎の甘えた環境で育ってきた僕が精神的に鍛えられるには、ぴったりの場所だったかもしれない。

 眼鏡屋さんの師範は厳しいが、基本的には優しい。

 けれど師範はもう1人いて、その人がめちゃくちゃ怖い。常に眼光が鋭く、爬虫類系顔の師範。

 稽古の合間も休まず、休憩時間なのに腕立て伏せを何十回もやっていた。

 しかも手はパーではなく、握り拳のまま硬い床に手をついてやるもんだから、体重が拳の骨に乗っかって、とてつもなく痛い。

 痛みに耐えて爬虫類顔が苦悶の表情で唸り声をあげている姿を僕たちに見せつけて、自然界で自分の力を誇示している大トカゲのようだった。

 一度自分でその腕立て伏せをやってみたが、激痛で1回も出来なかった。

 正直この人が怖くて、稽古に行くのが毎回嫌だった。怒るとヤクザみたいに怒鳴り散らすので、僕はいつもビクビクしていた。

 月曜日と金曜日は、道場があるからアニメが観られないのに、何でそれを観ないで、怖い人に会いにいかなければいけないのか? と思っていた。

 そのうち、「最悪、稽古に行くのはいいけど、その師範にだけは会いたくない」と思うようになり、いつからか道場まで母が連れていってくれる車の中では、いつも「今日師範が来んように! 今日師範が来んように! ……」と100回くらい心で唱えるようになっていた。

 効果があったかどうかわからないけれど、年に3回くらい師範が休んだ。
 
 
 
 道場の辛さはそれだけじゃない。

 師範が怖いだけでなく、冬場の稽古は寒さとの戦いだった。

 まず、道場として使われていた公民館は、古くてすきま風がガンガン入ってくる建物で、暖房も無い。ほぼ外みたいなところで稽古をする。しかも、一般的に空手というのは畳の上でやるものなのに、そこは体育館みたいな木の床板。

 冬場は当然冷える。空手は裸足でやるので、毎回、靴下を脱いで最初に床に足を下ろす瞬間が、地獄だった。

 足を床につけると、痺れるような冷たさが足の裏から上がってきて、耐えられなくてすぐに足をあげる。「く~~キンキンに冷えてやがる」と当時6歳の僕は、カイジばりに思っていた。

 思い切って足をつけても結局その冷たさを我慢できずに、一方の足をもう片方の足の上に置いて、わずかな暖を取り、しばらくしたら足を入れ替えて、を繰り返す。

 すると10分もすれば、足の感覚が無くなって、冷たくなくなる。

 こんなことをしていれば、毎年足の指先がしもやけになるのは必然だ。12月に1回、しもやけがパンパンに赤く痒くなった後、青紫になり、皮膚が硬くなる。そして新しい皮膚が下から出てくる。それが2月頃なので、またすぐにしもやけになる。

 季節の移ろいのように変わってゆくしもやけをもう一度経て、新しい皮膚ができるとようやく春が来たことを感じるというローテーションを毎年繰り返していた。

 今だったら何らかの対処をしないと問題になりそうなほどのことだけど、その頃は、そういうものなんだろうと疑問にも思っていなかった。
 
 
 
 そんな辛い思いをしてまで通い続けた空手の実力はどうだったかというと、今の僕を見てもらってもわかる通り、とにかく戦闘に向いていない。

 弱々しい雰囲気通りで、「組手」と言って、突きと蹴りで相手の胸や脇腹を攻撃する種目では、自分より学年が下の子に負けていた。

 友達にも、「下の人に負けとったね~」と馬鹿にされていた。

 ただ、「型の部」という東京オリンピックの種目にもあった1人での演舞では、5年生の時、広島県の県北の大会で3位になった。

 人と戦うのが苦手だっただけで、1人でコツコツとやる種目の成績は、まぁまぁ良かった。
 
 
 
 この空手教室で、僕は冒頭の嘘をついたのだった。

 その日も稽古が嫌で、母の車の中で寒空に向かって「師範来んように……」と願ったのも虚しく、道場の外から見ると、師範の影があった。

 特に機嫌が悪い日だったのか、「オッス!」と声を出して入ったら、「オッスの声が小さい! もう1回やり直せ!」と言われ、やり直すと、今度は「しっかりお辞儀しろ!」と怒られ、もう1度やり直させられた。

 しかも、稽古が始まるとその師範が僕がいる10人くらいのグループの担当になり、ずーっと嫌な緊張感に包まれながら稽古をすることになってしまった。

 早く終わって欲しいなと思って、道場の時計を観たら師範の眼が光って、「おい、何で時計を見てるんだ! 集中が足りないんだよ」と睨み付けられた。

 ただでさえ怖い顔の師範が僕に近づいてきて、冷たい目で10秒くらい何も言わずに見つめられた。無言でただただ見つめられる状況は人生で初めてで、僕は小さい声で「ウッス……」と返すのが精一杯だった。

 その後さらに僕は窮地に追い込まれる。

 稽古に行く前に、サイダーをがぶ飲みしてきたのが良くなかったのか、尿意に襲われてしまったのだ。厄介なもので、尿意というものは意識した瞬間から急速に大きくなって襲ってくる。道場の寒さも手伝って、またたくまに限界ギリギリに達してしまった。

「トイレに行かせてください」の一言が言えればいいのだが、おそらく、そう言ったら「何で始まる前にトイレに行ってなかったんだ」と激怒するに違いない。僕は恐怖で言い出せなかった。

 とにかく1時間後の休憩まで我慢するしかない! と心に決めた。

 今日は目をつけられてるのだろう、途中で師範に「お前どこ見てるんだ、目の焦点が合ってないぞ!」と言われるハプニングがあったが、何とか乗り越えて、50分くらいして師範が「正座!!」と言った。

 これは、休憩に入るサインで、正座して礼をしたら一旦自由となる。

 何とかなったと安堵していたら、僕と同じグループの1人が「正座の仕方が良くない!」と注意され始めた。

 僕の尿意は本当に限界ギリギリ。

 意識が飛びそうになる中、太ももを内側にギュッと締めて耐える。

 横で正座の姿勢を注意している師範の説教はまだまだ終わりそうにない。

 もう我慢できそうにない。

 言いたい! 「トイレに行かせてください」と言いたい!!

 でも怒っている時に言うと、より怒られてしまう。

 再び強い尿意。

 もう一度太ももをギュッと締める……が、もうこれ以上ないくらい閉まっていたので1ミリも太ももが動かない。

 その瞬間僕のおしっこは、パンツと道着で吸収できる量をあっという間に超えてあふれ、正座した僕の周りに広がる水たまりと化したのだ。

 隣の生徒に気づかれ、そして間もなく師範にも気づかれた。

 そこで僕が発した言葉が「あれ? なんか、床から水が出てきたんだけど……」

 こんな、誰もが分かる嘘をついて何になるのかと思うけれど、10歳の僕が自分を守るために必死で思いついた、起死回生の一言だったのだろう。

 それを聞いた師範の反応は意外なものだった。

「あ~そうか、なんか地下水が出てきたんかなぁ、ちょっと誰かモップ持ってきてくれ、水が出ることあるからな~」

 怖い師範がそう言うものだから、他の生徒達も「そうなんだ~」としか返さないで、僕のお漏らし事件は嘘みたいに何もなかったことになった。

 師範は道場に置いてあった、予備の空手着を持ってきてくれて、それに着替えて、その日は稽古を続けて帰った。
 
 
 
 それから10年後、僕が20歳の大学生の頃、ふと道端を歩く空手少年が目に留まり、ずっと忘れていたこのお漏らし事件を思い出した。

 僕はこの事件の後、「やった、嘘でうまく乗り切ったぜ!」と思いながら生活していた。

 でも、大人になって考えてみると、その自分のついた嘘は、どう考えても通用するような状況ではなかったことに気づいた。

 そして、あの時怖い師範が、僕を傷つけないように僕の嘘に、嘘で乗っかり、周りの生徒から守ってくれていたことにも気づいた。

「師範来んように」と願っていた僕は、10年経ってから心の中で「師範ありがとう」と感謝した。


空手女子は礼儀正しい。多分。 イラスト:田中卓志(アンガールズ)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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