ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2022/04/22

アンガールズ田中、路上で絡まれたら低姿勢で対応 悔しいけど少しは肯定してほしいヤンキー対策

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「正義とは」です。

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 僕はあの時、ただ見ているだけだった。

 友達が血を流しているのに。
 
 
 
 僕は大学生の頃、旅行サークルに所属していた。

 そのサークルは、様々な大学の学生が集まって構成されている、いわゆるインカレサークルというものだ。

 僕が通っていた広島大学の学生もいれば、他大学の学生もいる。

 旅行サークルといえば、旅行して、お酒を飲んでというチャラいイメージをする人もいるかもしれないが、僕の入っていた旅行サークルは違う。

 広島から福岡に行くというだけのことなのに、福岡でなにをすれば盛り上がるか? バスの中でどんなゲームをやれば盛り上がるのか? お金を節約するにはどうすればいいのか? など、みんなで週に2回も集まって会議していた。

 そんなに頻繁に会議するサークルなのにも拘わらず、旅行は年に1回しか行かない。普通の大学生の方がよっぽど旅行に行っている。

 だから、4月は新入生が興味を持って50人近く入って来るが、違和感を覚えて、一人、また一人と辞めて行き、5月が終わる頃には、5人前後しか残っていなかった。

 今考えたら、なんて無駄な時間だったのかと思う。サークルのミーティングに行く時間をアルバイトに使って、お金を貯めて、そのお金で色んな国を旅すれば良かった。

 僕が大学4年間で旅行した場所は、福岡、大阪、島根だけだ。どこも広島から近いところばかり……。

 唯一良かったのは、そのサークルで相方の山根と出会ったことくらい。

 山根とは大学が違うので、本来出会うはずもなく、もしそこで山根に出会っていなければ、僕は、お笑い芸人にすらなっていなかったと思う。
 
 
 
 僕が大学3年生のある日、同じサークルのメンバーのA君、B君、C子、山根と僕の5人で広島の本通りという、アーケード街を歩いていた。

 その日は、サークルのチラシに広告を出してくれるお店を回る、営業の日。大学生なのに飛び込み営業をしたりしていたので、お店の人からウザがられることも多く、気持ちが沈む日だった。

 A君は僕と同じく広島大学に通っていて、背はちょっと低めの頼れる優等生。

 B君は山根と高校の同級生で、徳山大学の少しがっしりした明るい友達。

 C子は僕たちよりも1年後輩のしっかり者の女子。

 その日、お昼ご飯を食べるために、お好み焼き屋さんに入った。

 みんなそれぞれお好み焼きを頼んで食べたけれど、僕と山根はお金がなかったので、2人で1枚頼んだ。ガリガリの2人がお好み焼きを分け合って食べるのを見て、後輩のC子が笑っていた。

 でも本当にお金がなかったので、カッコつけることもできない。情けない先輩だった。
 
 
 
 食後に、本通りから1本入って、裏通りを歩いていた時に事件が起きた。

 A君B君C子が先を行き、僕と山根はだらだら歩いているうちに、後方30メートルくらい離れていた。

 少し人通りがなくなった時に、突然背後から声をかけられた。

「ねえねえ! ちょっと」

 2人の典型的なヤンキーだった。

 1人は眉毛の細いチビのパンチパーマで、もう1人は少し背が高くて、オールバックの目の鋭い男。

 それに遅れて、3人目の黒いシャツを着た肩幅の広い男がサッと近づいてきて、僕と山根を囲んだ。

「ちょっと悪いんじゃけど、パー券買ってくれん?」

 今はほとんど聞かないと思うけど、パー券とは、実態のないパーティのチケット。しかも、とんでもなく高い金額で買わされて、それがヤンキーの資金源になるのだ。

 ただでさえお金がないのだ。「嫌だ!」と言いたいところだが、こういう時のヤンキーの扱い方は心得ている。僕は、これまでの人生でヤンキーというものに何度も虐げられてきたのだから。

 とにかく、この人たちの機嫌を損ねてはいけない。こういう人は一度機嫌を損ねると、僕の想像を超える酷いことをしてくる。山根が余計なことを喋る前に、満面の笑みでこう言った。

「いや~、それがお金が今ないんです~、さっきコイツと2人で1枚のお好み焼きを半分ずつ食べてきたところなんですよ。ごめんなさいね。そうだよなっ、山根!」

 山根も、ヤンキーにびびっていたのだろう、焦点の定まらない目でうなずいた。

「なんや~、しょうもない奴らじゃのぉ」

 ヤンキーたちはニヤニヤしながら、僕たちを蔑むように見てきた。

 しょうもない奴らはお前たちだろ! と言えるはずもなく、「えへへ……すみません……」と愛想笑いをするうちに、3人は僕たちの前から去っていった。

 屈辱的な気持ちにはなったけど、無事危機を回避した。

 ガリガリの2人で1枚のお好み焼きを食べた話を、あの瞬間すぐに出せた自分を褒めたくなった。

 神回避と言ってもいいだろう。
 
 
 
 これを読んでくれている人には「本当にそれでいいのか?」と思う人もいるかもしれない。でも、こいつらに反抗することがいかに危険なのかを分かっている弱者だからこその処世術。

 甲羅に入る亀、木の樹皮になりすます蛾、貧乏を装うガリガリ人間、全てが称賛されなければいけない。

 一生懸命勉強して、広島大学にまで入って、しょうもないヤンキーにヘコヘコするのは悔しいけれど、これでいいのだ。ここをやり過ごせれば、こいつらと一生関わり合うことはないのだから。

 そして、この後警察に行って、すぐにこいつらの場所を教えて、公的にヤンキーを追い詰めてやるという考えが、一番正しいのだ。
 
 
 
 安堵の気持ちで山根と目を合わせていると、ヤンキーたちは前方に歩いて行き、友人3人に声をかけた。

 少し離れていたので、何を喋ったのかまでは聞こえなかったが、恐らく、B君がパー券を買えと言われて、嫌だ! と断ったのが分かった。

 その断り方が、僕の感覚的にはちょっと良くなかった。

 先程も書いたように、ヤンキーは機嫌を損ねると本当に手をつけられなくなるから、細心の注意を払わなければいけない。

 僕の不安は的中することになる。

 チビのパンチパーマヤンキーが、B君の胸をどついたのだ。

 それに対して、メンバーの中でも体を鍛えていて勝ち気な性格のB君は、胸を突き出して睨み返した。

 するとヤンキーもイラついたのか、もう1発どついた。

 今度はB君が胸でその腕を弾き返した。それからどつかれては弾き返すをお互いに睨み合いながら繰り返していて、僕は大変なことになったと思った。

 何度も書いたけど、ヤンキーはイラつかせたら何をするか分からない。力では勝てない僕たち弱者は、とにかく機嫌を損ねないようにしなければいけないのだ。

 B君はどつきを弾き返す度に、正義の戦士のような気持ちだったかもしれないが、僕には眠っている獅子を蹴飛ばして起こしているようにしか見えなかった。

 僕は、やばいと思って3メートルくらいの距離まで近づいたが、この状況で何かするとまた怒らせてしまうから、ただ立ち止まって見ていることしかできなかった。

 そして今できる最善の方法を考えていると、

「おい、もうやめろや!」

 誰かと思えば、どつかれていたB君を、A君が勇気を持って助けに入ったのだ。

 でも僕はここでもまた、違うなと思った。

 そこは、恥ずかしいけれど、「すみません、許してください」と言うのが正解だ。

 ヤンキーは刃向ってきたことに腹が立っているのだから、まず刃向ってしまったことについて謝らないといけない。それなのに「やめろや」という、あたかもヤンキーが一方的に悪いという意見をぶつけると、さらに怒らせてしまう。
 
 
 
 そして、眠っていた獅子はついに目を覚ましてしまう。

 今度はそのパンチパーマのヤンキーが、A君の方に絡んでいった。

 ヤンキー「お前どこ大学じゃ!」

 どこ中だ? とかヤンキーはやたら学校を気にする生き物だけど、大学名まで聞いてくるんだと、どこか冷静に思った。

 A君「わしか? 広島大学よ!」

 ヤンキー「おうそうなんか! わしも広島大学よ!」

 A君「おうそうなんか!」

 なんだか分かり合えそうな雰囲気にA君の顔が緩んだその瞬間、

 ヤンキー「嘘じゃ~~~!!」

  ボゴッ!!

 ヤンキーの強烈なパンチがA君のみぞおちに入った。

 C子が「キャーーー!!」と悲鳴をあげ、A君はゆっくり膝から沈んでいった。

 それを見て山根が、そのヤンキーを止めに一歩踏み出したが、オールバックのヤンキーが山根の前に腕を伸ばして「やめとけ!」と制すると、山根はそのヤンキーの言うことを素直に聞いて立ち止まった。

 この時の山根を情けないと思うかもしれないけれど、この行動は、ヤンキーに対峙した弱い人間にとっては正解でしかない。ここで山根が止めに入れば、山根までやられてしまうのは明らかだった。

 その時僕は、止めに入るどころか足の一歩も踏み出さず、ただ時が過ぎるのを待っていた。
 
 
 
 そこからのことは、今でも頭に映像がこびりついている。

 A君が跪いた後、四つん這いになって苦しそうにしていると、パンチパーマのヤンキーはA君の顎を、靴の先端で鋭く蹴りあげた。

  グシャ!

 鈍い音が響く。人の顔を蹴り上げることに、一切の躊躇がない。これがヤンキーという生き物の恐ろしいところ。

 蹴り上げられたA君の顎が上に向いた瞬間、顎から血がポタポタとコンクリートの地面に垂れた。

 A君は血が流れる自分の顎よりも、ヤンキーのつま先を手でつかんで、もう一発蹴って来ないように、精一杯防いでいた。

「もうやめてください!」

 C子が叫んだ。周囲に響きわたるくらい大きな声だった。

 周りの人に気付かれるのを恐れたのか、オールバックのヤンキーが、「もうええじゃろ! 行こうや!」と言い、3人のヤンキーはだらだらと気だるそうに、裏通りから公園の方に向かって消えていった。

 この一部始終の間、僕は一言も発することなく、一歩も動くことなく、ただただ立ち尽くしていただけだった。

 それどころか、後輩の女の子に助けてもらった。

 一番しょぼいのは僕で間違いないと思うけど、でも、この大惨事からわかる通り、僕がヤンキーにへりくだって貧乏アピールして、やり過ごしたことが、どれだけ凄いことだったのか、わかって欲しい。

 警察に成敗してもらうのが一番いいのだから!
 
 
 
 ヤンキーが去っていくのを確認して、A君の傷を見ると、顎がパックリ割れて、血がずっと滴り落ちていた。

 C子にA君をすぐに病院に連れて行ってもらって、残った僕たちは警察に向かった。いよいよ僕たちの反撃だ。

 警察官に事情を説明すると、「じゃあ被害届を出しますか?」と聞いてきた。

 今すぐヤンキーを追いかけて欲しいのにそんな手続きがいるのか? とイライラしたけれど、ヤンキーに反撃するにはこれしか方法がないと思い、僕が届けを書こうとしたところ、B君が止めに入った。

「ちょっと待って。これ出したら、被害届を出したことで恨みを買うかもしれんよね?」

「いや、でもそれは出した方がええよ、あいつらに酷い目に遭わされたんじゃけぇ」

「いや、やっぱり怖いから出すのやめよ。広島の街を歩けんようになるけぇ」

 すると、警察官もなんだか出さない方がいいよと言わんばかりに「まぁこういうのは捕まえたら面会してもらって確認するけえね」。

 本当は面会なんて不要らしいけど、その時はそう言われた。

 なんとも言えない気持ちになっていると、B君が「やっぱりいいです、出しません……」と力のない声でつぶやいた。

 胸をどつかれたB君が出さないと言うのに、全く被害を受けてない僕が被害届を出そうと訴えるのもおかしいと思い、僕たちは警察署を後にした。

 病院での治療を終えて合流したA君は、顎を数針縫ったらしく、傷口にガーゼ、顔の周りにグルッと包帯が巻かれていた。

 それから警察でのことを報告すると、A君も「被害届出さんでええよ。怖いけぇ」と言った。

 そのあと、あの場で起きたことをみんなで振り返って話した。

 A君とB君はヤンキーに刃向ったし、山根は止めようと一歩踏み出した。

 C子はやめてくださいと叫んだ。それなのに僕は何もしていない、ただヤンキーにヘコヘコしていたと、みんなにダサくて最低な奴として責められた。
 
 
 
 僕が正しいと言ってくれる人はどこかにいますか?


後輩女子に助けられました。 イラスト:田中卓志(アンガールズ)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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