ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2022/06/24

「鳥使い少年」と町で噂に…アンガールズ田中が明かす、脱走したカナリアとの奇跡体験

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「田舎にいた頃」です。

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 僕は今、東京のマンションに住んでいて、いわゆる都会の人だ。

 夜にベランダから外を眺めると、街灯やコンビニの灯りが沢山見え、真夜中でも誰かが外を歩いている。

 そんな景色を見ながら、不思議な気持ちになる。

 なぜなら僕は幼い頃、今とはかけ離れた環境で育ったからである。
 
 
 
 僕の実家は広島県の山間にある府中市。

 一応「市」なのだが、元々は甲奴(こうぬ)郡という地名で、平成の大合併の時に府中市に吸収された。だから実家は府中市の中でも特に田舎にある。

 どのくらい田舎なのかというと、先ず「近所の家」という存在がない。実家から一番近い家まで、歩いて10分かかる。

 夜に外を見たら、真っ暗。本当に灯り一つない。人なんて当然歩いていない。暗闇から音がしたら、それは間違いなく狸や猪、イタチや蛇だった。

 山の頂上に家があり、水は山水を引いて飲んでいた。

 小学生の頃は、毎日山から歩いて降りて、さらに山をもう一つ越えた先にある学校に片道1時間半かけて通っていた。当然ながら学校で一番家が遠い小学生だった。

 それくらい大自然の中で育ったので、「北の国から」というドラマで、五郎さん一家が沢の水を汲んで生活しているのを見ても、普通に感じてしまっていたくらいだ。

「北の国から」みたいにキツネはいないけれど、生き物と共に生活していた。

 庭には犬が駆け回り、チャボが放し飼いされ、木の上には尾長鶏、池には鯉、水槽には金魚。

 他にも飼ったことがある生き物はカブトムシ、クワガタ、コオロギ、蟻、ゲンゴロウ、タイコウチ、コオイムシ、カミキリムシ、ドジョウ、カワエビ他。庭先にいる飼えそうなものは、だいたい飼った。

 水がいいのか、金魚もどんどん増えて、あっという間に水槽が金魚だらけになる。来客があると、母親が「もし良かったら金魚もらっていって」とお土産に金魚を持って帰ってもらっていた。家に水槽がある人は喜んで受け取っていた。
 
 
 
 その他にも田舎ならではというか、山間にある田中家ならではの経験をしたことがある。

 僕は中学生から高校生の頃まで、シェットランドシープドッグのサリーを飼っていた。サリーは性格が優しく、いつも庭先で放し飼いにしていた。

 ただ、お散歩では車道まで行くので、リードをつける。庭先でノーリードで飼われているので、外に行こうと思えばいつでも出られるのに、家族が一緒でないとお散歩には行かない可愛いワンちゃんだった。しかし、時々猪が出ると、山の中まで1匹で追いかけて行ってしまうことがあった。

 ある日家の中から、庭先をサリーが歩いているのが見えた。よく見ると何かを口に咥えていて、それをブラブラさせながら歩いている。

 20センチくらいある生き物だった。僕はネズミでも捕まえてきたのかと思い、庭に出て、サリーを呼んだ。サリーが駆け寄って来たら、びっくりした。

 口に咥えていたのは、生きたままのテン(イタチの仲間)だった。

「おいおい、そんなもの咥えてくるなよ~……」と思ったのも束の間、さらに驚いた。サリーがテンを咥えているのではなく、テンがサリーの鼻を噛んでいたのだ。

 しかも噛まれているのに、サリーが気づいていないように思えるほど普通にしていたので、笑いそうになった。すぐにテンを箒で叩いて引き剥がすと、テンは山に帰っていった。

 サリーは何事もなかったかのように、また庭先をウロウロし始めた。

 田舎の犬のおおらかさは見習うべきところがある。
 
 
 
 次は鳥の話。

 僕が小学1年生の頃、カナリアを飼い始めた。名前はチィちゃん。黄色の小さな鳥だ。

 人によく慣れていて、チィチィと可愛く鳴いていた。時には、家の窓とドアを全て閉め切った後、鳥籠の中からチィちゃんを部屋の中に放して、自由に飛ばせていた。人の肩にとまっては、耳たぶをちょんちょんとクチバシでつつくのが好きで、それが凄くくすぐったい。

 ある日、その日も放鳥しようと兄弟3人で部屋のドアと窓を全て閉めて、チィちゃんを籠から出した。しばらく遊んだ後で、窓辺にチィちゃんがとまったその瞬間、うちのおばあちゃんが家の外から「おい、そこのティッシュをとってくれー」と言いながら、窓を開けてしまった。

 すると、チィちゃんは窓の外へあっという間に飛んで行ってしまった。

 あああ~!! 兄弟3人で家から駆け出してチィちゃんを探すと、山の上の大きな木に黄色い姿が見えた。

「チィちゃん! チィちゃん!」3人で叫んだが、木の上でキョロキョロしているのが何となくわかるくらいで、全くこっちに戻って来る様子がない。どこかに行くわけでもないので、何度も呼びかけ続けていたけれど、15分くらい経って、チィちゃんは山の中に向かって飛んで行ってしまった。

 その日は日が暮れるまで、山の中に入ってチィちゃんを探したが、とうとう見つからなかった。兄弟3人と、外から窓を開けたおばあちゃんは責任を感じ、みんな落ち込んで、その日の晩御飯はもう最悪の空気だった。

 次の日、通学途中も、時々山を見上げてはチィちゃんが居ないか探してみたりしたけれど、当然どこにもいない。人の家の屋根の上を見たり、誰かに捕まっていないか、知らない人に声をかけて聞いてみたりしたが見つからない。

 あくる日も、その次の日も、通学しながらチィちゃんを探したけど、見つからなかった。

 いなくなって1週間くらい経ち、親が「正直、ペットとして飼われていたカナリアが自然の中で生きることは難しいじゃろ」と言っているのを聞いて、チィちゃんを諦めかけていたある日。

 僕は学校から山道を抜けて帰宅していた。学校から3キロ程離れた、田んぼと山に囲まれたとある道でチィちゃんのことを思い出し、「チィちゃ~~~~~~ん!」と大きな声で叫んだ。すると、田んぼから100メートル程離れた山の頂上から、チィ! という声がした。

 僕がその声の方を見ると、山の上からチィちゃんがパタパタと羽を羽ばたかせて、飛んできた。そしてそのまま、僕の肩にトンっととまった。

 こんな奇跡あるんだ! ちゃんとチィちゃんが生きていたことと、1週間経ってもチィちゃんが僕を覚えていてくれたことで、涙が出る程嬉しかった。

 ただし、まだ肩にとまっただけで、チィちゃんはいつでもまたどこにでも飛んでいける状態にある。感動の再会といきたいところなんだけれど、捕獲しないと……小学生の僕の心に緊張感が走った。

 あまりにも思いがけない出来事だったので、田んぼで作業していた知らないおばさんが、「まぁ、よう慣れとるんじゃね~」と話しかけてきたのだが、ちょっとした物音ですぐに飛んでいくのは間違いないから、ちょっと黙っててくれと思ってしまった。

 ただ、無視すると感じが悪いので、首だけでゆっくりと会釈した。そして、この状況でチィちゃんを捕まえるにはどうすればいいのか、考えて行動に移す。

 左肩にとまって、キョロキョロしているチィちゃんに向けてゆっくり右手を動かしていく。チィちゃんに気付かれないように。

 右肘を曲げ、90度になったら、肩に向けて身体に沿わせながら腕を上げていき、肩口のあたりまで手がきたところで、一息ついた。チィちゃんは首を傾げるような仕草をしている。

 その瞬間、バッ!! と手を動かし、チィちゃんのボディを掴んだ!

「チィチィ………!」チィちゃんの鳴き声が田園風景に轟いた。

 涙の再会の数秒後、こんな手荒なことをしたくないのは山々なのだけど、これしか方法がない。ごめんねと思いながらも、逃走から1週間経って、やっとチィちゃんを捕獲することに成功した。

 僕は手にチィちゃんを捕まえたまま、家まで30分かけて歩いて帰った。鳥籠に戻すと、餌を美味しそうに食べていた。

 この一件で僕は少しの間、「山から降りてくる鳥使い少年」として町で噂になった。

 東京のマンションから眩しい夜景を眺めていると、あれは夢だったんじゃないかと、時々思う。


飛んで逃げた時のチィちゃん(メス)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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