ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2021/08/10

アンガ田中がお笑いに目覚めた高校時代のある体験 弁当箱は隠され、靴は教室の窓から外に

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「あの日摑んだもの」です。

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 華やかだったり甘酸っぱかったり、もしくは普通だったり、学生時代の思い出はもちろん人それぞれだけど、僕にとって高校時代というのは、少しというかあまり戻りたくなるような3年間ではない。

 小学校、中学校時代は、地味ながらも普通の学生生活を送れていたのだけれど、高校では少しうまくいかなかった。

 そもそも、隣町の学校に進学したから、中学までの知り合いが一人しかいなかった。その同級生も女の子だったので、友達と呼べるほどでもない関係性の人。

 しかもその高校には、地元の中学校から進学している人がほとんどで、僕だけが友達ゼロからスタートする状況だった。

 知らない人、しかも地味な割に背が高くてひょろひょろして目立つ僕に、みんなが違和感を抱いたことが入学式のその日に分かった。僕にどう接していいか分からないクラスメイトと、知り合いが一人もいない環境にビビりすぎる僕……。

 友達がまったくできないまま1ヶ月が過ぎたのだが、ふいに友達ができた。本郷君。

「なんで隣町からこの高校に来たの?」

 僕に興味を持ってくれた本郷君は休み時間に遊びに誘ってくれ、いろいろと話すようになった。

 2時間目の終わりに本郷君と売店に行くのが、毎日の日課になり、売店で胡瓜の巻き寿司を本郷君が買って、僕はお小遣いが少なかったので何も買わないんだけど、いつも巻き寿司を半分ちぎって僕にくれた。正直この時間だけが自分にとって高校の楽しい思い出だ。
 
 
 2年生になってクラス替えがあって、本郷君とは違うクラスになった。新たに同じクラスになった人から、なんとなくいじめが始まった。

 ある日の昼休憩、お弁当を食べようとカバンを開けたら、弁当箱がない。家に忘れて来たのかと思ったが、今朝は確かに弁当箱を持って出た記憶があった。

 弁当箱がなくてあたふたしていると、クラスの男子の一人が僕に「ねえ、隣のクラスで何か変なことになってるよ」と言ってきた。

 その男子とは一度も話したことがなかった。クラスでも一番格好良く、花形のサッカー部。そしてそのサッカー部仲間と思われる男子二人が、その子の後ろで笑っていた。

 言われるがまま隣のクラスに行くと、黒板の下のチョークボックスを引き出して、そこに僕の弁当箱が置いてあった。そしてチョークで黒板に、「この弁当誰の?」という文字と、弁当箱に向けて矢印が書かれてあった。

 この瞬間は「自分がいじめられ始めたこと」には気がついてなくて、「なんでこんなことになっているんだろう」と理解しようとするのに精一杯だった。で、5秒くらいしてなんとなく気がついた。

 僕は一人も知り合いのいない隣のクラスに入っていき、弁当箱を手に取り、黒板の文字を消し、知らない同級生の好奇の目にさらされながら情けない気持ちで自分の教室に戻った。

 とりあえず同じクラスの人だけには、自分がいじめられ始めたのに気づかれたくなくて、何もなかったかのように弁当を食べたのを覚えている。でもそんなことは、何の意味もなかった。

 それから、次の日もまた次の日も弁当箱が隣の教室にあったり、自分のシューズを教室の窓から外に投げられて拾いに行ったり、自転車のカゴにゴミを入れられたり、ハンドルを曲げられたり……とにかくいろいろされた。
 
 
 一番記憶に残っているのは、ある日自分の机(木の天板と鉄の土台でできた、どこの学校にもある机)に座って、机の中を見ようと天板に手をかけたら、その部分だけが持ち上がったことだ。よく見ると、天板と土台を繋いであったネジが全部外されていた。僕が天板だけ持ち上げているのを見て、例の男子が遠くでニヤニヤ笑っていた。

 なんでこんなことをするんだろうという気持ちと、これやるのに結構時間かかるだろ? そのパワーをもっと他に使えばいいのに……とか僕なりに考えたこともあったけれど、それを僕をいじめることに使いたいのだから、仕方ない。

 そう、諦めた。誰かに助けを求めたかったけれど、「自分の机だけ天板が外れるということ」を知られるのは恥ずかしかったし、怖かった。

 でもこのことは、「僕だけが我慢すればいいんだから」では済まなかった。

 毎日の掃除の時間。机を運ぶときは、机の天板に手をかけて持ち上げて運ぶ。でも僕の机は天板を持っても、当然ながらそれだけしか持ち上がらない。うまく運ぶためには、下の土台に手を回して全体を持ち上げないといけない。もしくは、天板と土台それぞれの担当に分かれて、二人で運ばないといけない。

 僕が教室の掃除当番の日は自分で運ぶから良いけれど、そうでない時はクラスメイトの誰かが机を運ぶわけで、運悪く僕の机を運ぶことになってしまった人は、ちょっとしたパニックになっていた。

 なぜパニックになるのかというと、机というものはある程度重量があって、運ぶときに結構勢いをつけて持ち上げる。それなのに、天板の重さは大したことがないから、持ち上げた人はみんな後ろにのけぞるのだ。

 僕がトイレの掃除から戻ると、教室の掃除担当だったクラスメイトから、「これ外れたけどどうしたの? びっくりしたよ!」と聞かれ、察してくれよ……と思いながら、「わからない」としか答えられなかった。サッカー部の男子にやられたんだって言えば良かったのかもしれないけれど、本当に彼らがやったのか、それすらも正直わからなくなっていた。

 そんなある日、先生が教室の掃除を手伝っていた。

 その日僕は教室掃除の担当で、自分の机は自分で運ぼうとしていたのだが、先生が気づいてくれれば何かが変わるんじゃないかと思って、あえて自分で運ばないでいた。

 タイミング良く、先生が僕の机を運ぶことになり手をかけると、「あれ? これ外れるんだけど」と笑いながら土台ごと運んで、それで終わりだった。
 
 
 その次の日、僕は学校を仮病で休んだ。母親にも風邪だと思うと、嘘をついた。

 こたつで一日中寝ながら、いろいろ考えた。いじめられていることは親にも言えないし、明日は来てしまう。これから毎日休んだら、先生は何か感じ取ってくれるのか? でも逆に大事(おおごと)になって、それこそ自分が転校しなきゃいけないくらいのことになるんじゃないか? なんだかそっちの方が良くない気がして、次の日から学校に行った。

 学校に行くと、昼の時間に先生が「机を交換する」と言って、使い古された傷だらけの机を持ってきた。表面に一ヶ所ゴルフのグリーンのカップみたいな穴が空いていて、周りのみんなと微妙に色や質感が違う机。そもそも交換するとか、そういうことじゃないんだけどなぁ、なんで天板のネジを外した人を探してくれないのかなぁ、そういう期待をしていたんだけどなぁ……。

 その頃僕は毎日、お昼休みになると、いわゆるパシリに行かないといけなかった。いじめっ子たちはトランプをしながら、片手間に頼んでくる。

「俺はBIGチョコ、買ってきて!」

 僕は自分の休憩時間を使って、学校の外にあるお店に買いに行った。ただ僕はその時、BIGチョコというものを知らなかったので、BIGチョコというものはこの世になく、そのいじめっ子がBitチョコと間違えて「BIGチョコ」と言ってるんだと思って、Bitチョコを買って戻った。

 それを渡すと、めちゃくちゃブチ切れられた。自分の無知が恥ずかしく、うつむくしかなかった。

 今の自分がそこにいたら、

「自分で買いに行かないからだよ。人に頼む時は、ある程度間違いがあるもんだと思って頼まなきゃ。それで間違いが起きても、自分の人を見る目がなかったんだから仕方ないよ」

 と反論するだろうな。多分、ぶん殴られるだろうけど。
 
 
 それから1年くらい、そんな学生生活が続いた頃のこと。

 体育の時間、サッカーの授業で、僕は当然キーパーをやらされていた。

 ゴールを守り全体を見ながら指示も出すキーパーは、大切なポジションだけど、体育のサッカーでのキーパーは地味なので、僕みたいなしょぼい人間がやらされがちだった。しかも、サッカー部のいじめっ子たちが、どや顔で楽しそうに自分の実力を発揮してしまう嫌な時間でもある。僕がゴールを決められると、「今のはとれただろ!」と不機嫌になるし、本当に困った人たちだ。

 試合が中盤に差し掛かったとき、相手チームが超ロングシュートを打ってきた。サッカーコートの真ん中くらいから打ったシュートなので、僕の守るゴールに到達する頃には、ボールは勢いのない緩いゴロになっていた。

 ちょうどその頃始まったJリーグを観ていた僕は、キーパーというのはゴロのシュートを横に倒れながら全身で大事そうに抱えて取るものだというイメージがあったので、他の選手がそのボールに詰めて来てもいないのに、緩いシュートを倒れながら抱えて取った。

 その時、クラスの全員、いじめっ子たちも先生もみんなが、ドッと笑った。自分ではもちろんウケようとしてやったことではないので、自分の近くの誰かがウケているのかと思ってキョロキョロしたら、僕のその行動がウケたんだと気づいた。体育の授業が終わってからも、クラスのみんなが「面白かったな~」と話しかけてきた。

 信じられないんだけれど、次の日から唐突に、いじめられなくなった。

 それどころかいじめをしていたサッカー部の人たちが「サッカー教えてやるよ」と話しかけてきて、昼の休憩中に、「パスを出すときは、ボールの上の方を蹴るといいんだよ」とか言いながら、僕に熱心にサッカーを教えてきた。

 今考えたら、それまで執拗にいじめてきていたのにおかしいと思うけれど、当時の僕は、いじめから解放されたことが嬉しくて、その状況を何の疑問を抱くこともなく受け入れた。

 お笑いというものに興味が湧いたのは、確かこの時だったと思う。


好きだったクラスメイト イラスト:田中卓志(アンガールズ)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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