トミヤマユキコ「たすけて! 女子マンガ」
2016/04/01

一人でいることを肯定する女子「泉」「無職さん」(「貧しい女」その2)

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 マンガに女の人生を教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で開始したトミヤマユキコさんの新連載「たすけて! 女子マンガ」。今回のテーマは「貧しい女」です。その1では、明治・大正の少女小説やアニメ「世界名作劇場」の小公女を例に、これまで「貧しい女」の物語は“苦難に耐えた貧しい女は、男によって救済され褒美を受け取れる”というシンデレラストーリーが定番だったことが語られました。

 一方、女性の貧困が注目されるようになった現代に描かれている女子マンガは、「良家の子女×貧乏」ではなく「庶民の女×貧乏」という設定をとることが多いとトミヤマさんは言います。そしてそのゴールも、“貧しさから救済される”ことではなく“貧しいままで幸せになる”ことにあるのだと――。

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 東村アキコによる秀作コメディ『主に泣いてます』の「泉」も貧しい女だ。彼女には、仕事も金も家もない。働く意欲はあるのに、長続きしない……なぜなら、美しすぎるから。地元の寿司屋でアルバイトをした時には、彼女に傷の手当てをしてもらいたくて、店中の男たちが派手な自傷行為に走り、店内が血塗(血塗)れの大惨事になった。また、彼女に惚れた男たちはたいていストーカー化するので、夜逃げを繰り返して逃げまくるしかない状況。第1話の時点で、泉の夜逃げ回数は「今年に入って」から「13回目」に達している。この過剰さで笑わせてくれるのが東村流なのだが、それにしたって泉のモテっぷりは異常である。

 一般に「美人は得をする」というけれど、泉は損ばかりしている「不幸美人」である。しかも、彼女の愛する男「仁」はまさかの妻帯者。画家である彼は、泉をモデルにした作品で巨万の富を手にするが、妻が財布の紐をがっちり握っているため、泉には一銭も入ってこない。泉は、お金になる美貌があるのに、それを手に入れることができない。美しいのに貧しく不幸な姿は、ちょっと『小公女』的だ。もう、可哀想以外の言葉が見つからない。

 しかし、泉はセーラとは全然ちがう選択をする。彼女は、生活の拠点を無人島に移し、自給自足的な暮らしをはじめるのである。するとどうだろう、泉は貧乏なまま幸せになってゆくではないか!

 無人島だから彼女の美しさは無価値だし、海に潜って魚を獲ったり薪を割ったりと忙しくしているうちに一日が終わってゆくから、仁を思い出すヒマもない。そうした毎日が、泉の心に平安をもたらしてゆくのだ。

「この島には私しかいないから/何をやろうと自由なんです/誰も私のことを見てないんです」と彼女は語る。ここでは、お金がなくても食っていけるし、美人で損をすることもない。何にも煩わされず、ただ独力で生きているという実感だけがあるのだ。

 第一回で言及した『プリンセスメゾン』の沼ちゃんだったらこれを「自分以外の誰の心もいらない」状況として理解するだろう。美しすぎるせいで他人に振り回され、貧乏ゆえ他人に頼るしかなかった泉。でも、彼女にとって一番大事なのは、美しさを拒絶したり、貧しさから逃げたりすることではなく、自分で自分の心を満足させること。そのことを気づかせてくれたのが、たったひとりの無人島生活というところに、この作品のすごさがある。孤独上等!! 貧しさ上等! むしろ孤独と貧しさによって満たされてゆく泉なのだった。


みずから貧乏暮らしを選択する女はほかにもいる。いけだたかし『34歳無職さん』の「無職さん」(という名前なんです)は、「先月勤め先がなくなった/再就職先など気遣ってくれる口もないではなかったが/まあ色々思う所あって/一年間何もせずにいようと決めた」と語る。アルバイトも内職もせず、貯金を切り崩しながらアパートでひとり営む節約第一の暮らしは極めて単調だ。

 しかし、無職になって半年が過ぎたころ、女ともだちが合コンの話を持ってくる。無職さんは乗り気じゃない。

「そうやって気を回してくれるのありがたいし/言うこといちいちお説ごもっともなのはわかるんだけどね/…そういうお説ごもっともがごもっともすぎるのイヤになって/今 こんなことしてるんだよ」。

 しかし、彼女はちゃんとわかっている。仕事も恋愛もせずひとり気ままに過ごすこの暮らしが未来永劫続くものではないということを。だからこそ彼女は、期間限定の貧乏暮らしを全肯定する。傍から見れば地味すぎる毎日であっても、彼女にとって貧乏暮らしは前向きに選択されたものなのだ。

《「貧しい女」その3につづく》

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