トミヤマユキコ「たすけて! 女子マンガ」
2017/03/06

清々しいまでにエロい女たち 「いぬ」「あそびあい」(「エロい女」その3)

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

 女の人生をマンガに教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で連載してきたトミヤマユキコさんの「たすけて! 女子マンガ」。前号(冬号)に掲載された最終回のテーマは「エロい女」です。前回は“塗り薬的エロ”と題し、エロと向き合うことによって他者から受け入れられることを経験していった女たちを取り上げましたが、反対に自らのエロスに正直なタイプもいるようで——。

* * *

『ときめかない日記』『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』の2作は、コンプレックスだらけの女が、少しずつ自己肯定へと向かってゆく物語になっているが、最初から自己肯定感全開の作品も存在する。ここでは、柏木ハルコ『いぬ』と、新田章『あそびあい』を紹介したい。

『いぬ』は、清楚系女子大生「清美」が、同じ大学に通う「中島」をいわゆる「バター犬」にする物語。

 愛犬「ビリー」をバターの摂りすぎで死なせてしまうぐらい性に貪欲な清美だけれど(ひどいなあ!)、好きな人とのセックスについては、想像するだけでも「彼を汚す想像」「失礼な想像」だと考える、なんだか極端なタイプ。淫乱であり潔癖でもある清美にとって、好きな人とは恋愛を楽しみ、恋愛感情はないが安心感のある中島とセックスするのがベストな形だ。「犬と人間」という関係が清美の基礎になっているので、とにかく自分が気持ちよくなるのが最優先。気持ちよくしてもらったらちゃんとお礼は言うけれど「お返しに、わたしもなにかしなければ」とまでは考えない。だからふたりの関係は「セフレ」じゃない。でも、対等な関係じゃないからこそ、中島という犬に「ここをこういじりながら……/こんな感じにしてほしいの」と言えるのである。

 しかし、中島の方は清美に犬扱いされることを快く思っていない(当たり前だ)。ラッキーだとか文句言うなんて贅沢だとか周囲は言うけれど、本人は清美とちゃんと心を通い合わせて、愛のあるセックスをしたいと思っている。もともと清美に憧れていた中島だから、誘われればついヤってしまうけれど、心は恋する男そのもの。だから清美とセックスするたび、少しずつ傷ついてゆき、ついには爆発してしまう。

 しかし「じゃオレって何?/ただなめてればいいわけ?/ただそれだけの存在なわけ!」とキレた中島に、清美は「ううん……/できたら指入れたりとかも……/してほしいけど……」と答えるのだった。おい! 清美よ!

 そう、彼女は彼の怒りがどこから来ているのかを本質的に理解していないのである。中島にセックスを断られるとアソコが臭いからかな?とか、的はずれなことばかり考えている。ダメだ、話が通じねえ。

 しかし、清美がとんでもない「天然」で、中島に対して何の遠慮もないことによって、彼女のエロさは全肯定される。場の空気を読んで、相手の気持ちを汲んで……とやっているうちに、いつの間にか自分の欲求が希釈されてしまうことを、清美は周到に遠ざけている。わたしによるわたしのためのエロを守り抜く清美を見ていると「中島が不憫だ」とは思うものの、やっぱり気分がいい。厄介な自意識から解き放たれたい女には、清美みたいなメンターが必要だ。

『あそびあい』の「ヨーコ」もまた、天然系のエロい女だ。幼い頃から家庭が貧しかったことで「勿体ない精神あふれる17歳に育った」という彼女は、性に関してもチャンスがあればヤってしまう。「気持ちいいこと逃すの/勿体ないじゃん」と考えるヨーコは、恋愛をすっとばして、セックスに走る。むしろ、不特定多数とのセックスのチャンスを逃してしまう恋愛を邪魔くさいと思っているフシさえある。恋愛も性も楽しもうとしていた清美とくらべると、ヨーコは自身の性的衝動にのみ忠誠を誓っているという意味で、よりラディカルだ。

 そんな彼女に本気で恋しているのが同級生の「山下」である。ヨーコの奔放さをコントロールできないと知りながらも、まだ青二才であるがゆえに、自分だけを好きでいて欲しいと願ってしまう山下は、ヨーコに婚姻届を渡す。「大げさでバカみたいって思うかもしんないけどさ…/オレちゃんと考えたんだよ/子供できるようなことは/本気で好きじゃない人とじゃないとって」……ふつうの告白でフラれ、その後セフレになれたが素直に喜べず、ついに婚姻届を渡す山下。大好きな子を独り占めしたい、という思いは最初から変わらないが、ヨーコを急かさず、「いつまででも待つ」と言えるようになっている。高校生の成長としては上出来だろう。

 でもヨーコは山下の成長ぶりなどまるで無視してしまって「書いたことないから/書いてみたいと思って」と、なんの躊躇もなく婚姻届に自分の名前を書く。ヨーコには愛とか恋とかふたりだけの約束とか、そういうことはわからなくて、ただ目の前にある婚姻届がもの珍しいだけなのだ。「…何それオレのことバカにしてんの?」と怒る山下が、清美のトンチンカンぶりに振り回されていた中島と重なる。ふたりとも可哀想に……。

 しかし、そんな彼の怒りに対する「本当に/今のあたしがイヤなんだね」「そんなに/あたしを変えたいの?」というヨーコの言葉は真理だ。愛してるから相手を変えたいと思うのだろうけれど、もしそれを受け入れてしまったら、あとはなし崩し的に自分の領域を明け渡してゆくだけの人生が待っている。それは恐ろしい「支配」だし、ヨーコからすればそれこそ人生が「勿体ない」ということになるだろう。

 ヨーコは「あたしも山下も/まだまだ育つよ/まだまだ…/変わるよ」と語る。エロい女であることも、いつかそうじゃなくなるかもしれないことも、全ては自分のタイミング次第といったところか。変わらぬものを信じたい山下と、変わることを楽しみたいヨーコの対立は、とても印象的だ。現実世界で山下のような男子に出会ってしまったら、その熱心さ(愛するがゆえの支配)に負けてしまうかも知れないと思うと、余計にヨーコの芯の強さがカッコよく思えてくる。エロい女は、意志薄弱じゃつとまらないのだ。

《「エロい女」その4につづく》

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク