トミヤマユキコ「たすけて! 女子マンガ」
2017/04/03

生きるためのエロ 「ちひろ」「デリバリーシンデレラ」(「エロい女」その4)

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 女の人生をマンガに教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で連載してきたトミヤマユキコさんの「たすけて! 女子マンガ」。前号(冬号)に掲載された最終回のテーマは「エロい女」です。生きるためにエロを仕事として選んだ女もいれば、何気ない日常の一コマにエロスが宿る女もあり……。一生ついてまわるエロの問題、ヒントは意外にも身近なところにあるのかもしれません。

* * *

 エロい女といえば、風俗嬢は、その最たるものである。彼女たちは、お金と引き替えに、エロを売って生きている。いやらしい目で見られることが仕事だし、営業成績を上げるため、よりいやらしくなるべく努力したりもする。

 安田弘之『ちひろ』の主人公「ちひろ」は、ファッションヘルス「ぷちブル」のナンバー1風俗嬢。新人の巨乳ギャル「チカ」に一瞬その座を奪われてもすぐに取り返してしまう「店の宝」だ。ナンバー1と言えば、技術力も営業力も相当のものだろうと思いきや、客がほかの嬢を指名する「浮気」を嫌がらないなど、なんだかちょっと様子がおかしい。

 客への、あるいは成績への執着がないちひろに対し、同僚の「レイカ」は苛立ち、こんな言葉を投げかける。「あんたはねぇ男に惚れなきゃだめね/女として大事な貪欲さが欠けてるのよ/女はね勝たなきゃゴミ/他の女に負けたくねえっちゅう/パッションが感じられないのよ/だからチカみたいなバカ女にまであっさり抜かれちゃったのよ/悔しくないのぉ」……チカのひとり勝ち状態が気に入らないレイカは、なんとかちひろを鼓舞しようとする。その言葉にはまともに答えようとしなかったちひろだが、実はちひろにも貪欲さはある。「つなごうとする女の魔力が強いほど/それに疲れる男がこっそり逃げる/私はそれを両手に持てるだけ/かき集めてるんだから」と内語するちひろのカッコよさといったらない。さすがナンバー1。さすがプロ。彼女にはエロい肉体以前に、確固たる哲学がある。そして、そこから生まれてくるエロさを客に還元するのが、彼女のやり方なのだ。

 しかし、ちひろは昔からこんなにカッコいい女だったのではない。OL時代は「一生懸命 女の子してがんばって」いたのだ。まさに、「場の空気を読んで、相手の気持ちを汲んで」を地でいく女。でも、ちひろはその世界を離れ、風俗の世界にやってきた。それが自分を取り戻し、生き延びるための方法だったからである。だが、風俗の世界がパラダイスかと言えば、決してそんなことはない。こちらの世界にはこちらの世界の大変さがある。でも、あちらの世界にいたら、ちひろの心は死んでいただろう。彼女には、「ふつうの女の子」でいることが、苦痛だったのだから。

 そんな風にサバイブしてきた自分をちひろは「今の私は/強すぎる」と語るが、だからダメだということではない。颯爽と夜の街を歩くちひろは、まるでディズニー映画『アナと雪の女王』の「エルサ」みたいに美しい。触れたものが凍ったり、氷や雪を操ったりできる王女エルサは、その特殊能力を押さえ込んでふつうのフリをすることに限界を感じ、生まれ育った城を去る。雪山をひとりで登り、超豪華な氷の城を建てるシーンを「Let It Go」の曲と共に記憶している人も多いだろう。エルサがマントを脱ぎ、全力で解放感を味わうように、ちひろもまた、風俗の世界で息を吹き返すのだ。

 エルサはその後、妹「アナ」の愛情によって、もう一度城に戻り、国民と共生する道を歩むことになるが、実はちひろも、続編の『ちひろさん』では、ごく平凡な町の弁当屋で働いている。風俗嬢であった過去を隠すことなく町のみんなとうまくやっているちひろは、まさに社会との共生を果たしている。けれど、それはただの幸福な後日譚ではない。平凡に見える毎日は、自分の心を殺してしまいそうになったり、恋愛に救いを求めることをやめたりした、格闘の結果なのだ。そして、そういう山あり谷ありの生き方は、誰とも似ていないので、誰とも共有できない。だから、ほのぼのとして見える彼女の暮らしには、いつだって孤独という隠し味が効いている。

 ちひろがどこまでも一匹狼であるのに対し、NON『デリバリーシンデレラ』は、女子大生デリヘル嬢「ミヤビ」の成長を描きつつも、仲間との絆や、業界の抱える問題など、社会と風俗嬢の関係を描き出そうとしている。最終的には、風俗嬢の働きやすい国を作るため法律を変えようとする革命家「雫」が登場するなど、かなりスケールの大きな物語だ。

 ミヤビは学費を稼ぐために風俗の世界へ飛び込んだという設定になっているのだが、ここにあるのは個人的な問題というよりは、社会全体で考えるべき貧困の問題である。ミヤビという風俗嬢を生んだのはこの社会だ!というわけだ。でも、「風俗嬢にならなくても済む社会」ではなく、「風俗嬢がふつうに働ける社会」を目指すところが、この作品のポイント。おかしいのは社会なんだから、社会が変わればいい、そんな風に言ったらどうなるか?という思考実験なのである。社会がどうなろうとゲリラ的に戦うちひろも強くてカッコいいが、社会に向かって「変われ」と叫ぶ風俗嬢集団も同じくらいカッコいい。

「エロい女であること」は、それが他者からの暴力的な視線にさらされる危険がある以上、なんだか厄介であり、できれば避けたいと思ったりもするが、好きな人の前ではそうも言ってられないな、という感じもある。ならばひとまずエロ劣等生をエンパワメントしてくれる作品を読むしかあるまい、というのが今回の結論なのだが、一方で、美味しそうにごはんを食べている女がエロく見えて仕方ない『花のズボラ飯』などを見ていると、いったん性欲方面から離れて、こっちの暗喩的エロを勉強した方が手っ取り早くエロい女になれるのか?という気もしてくる。

 夫の居ぬ間にいいかげんな(でも美味しい)料理を作って全力で味わい尽くす主婦「花」のエロさは、豊胸手術といった面倒なことをしなくても手に入るから、わたしにもすぐできそうな気が……。

 でも、この方法は若い人にしかオススメできない。40歳手前ともなると、胃が弱ってきて、せっかく焼肉店に行ってもカルビ3枚でもたれるのだ。この間なんて、果物を食べすぎて胃が死んだ。果物でだよ、信じられないよ。幸せそうに美味しそうに食べることのハードルが、どんどん高くなっている。「おいしい〜♥︎」というセリフは吐けても、あんまり箸が進まないので嘘がバレる。中年になるとはそういうことだ。かなしい。

 その点、性欲は人によっては死ぬまであるというではないか。だとすれば、老人ホームに入ってもなお「お隣の○○ばあちゃん、エロくていいな」とか思ってメソメソしている可能性があるってことだ。うう、やっぱり長い人生エロを避けて通ることは難しいみたいだ。

*本作品は新潮社より刊行予定です。

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