トミヤマユキコ「たすけて! 女子マンガ」
2016/04/15

ルームシェアで疑似家族になる女子たち(「貧しい女」その3)

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マンガに女の人生を教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で開始したトミヤマユキコさんの新連載「たすけて! 女子マンガ」。今回のテーマは「貧しい女」です。これまでにアップされたその1・その2では、「良家の子女×貧乏」ではなく「庶民の女×貧乏」という設定をとる現代の女子マンガが、“貧しさから救済される”ことではなく“貧しいままで幸せになる”過程を描いていることを指摘し、とくにそれが主人公の「ひとり暮らし」によって達成されているマンガをとりあげました。

今回とりあげるのは、共同生活する貧しい女たち。『テラスハウス』みたいなリア充生活ではない彼女たちの暮らしは、どんな風に営まれているのでしょうか?

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前回までひとり暮らしの貧しい女性を題材にした三作をとりあげたが、貧しさから共同生活をする女も少なくない。とくに都会の女にとって、家賃はほんとうに悩みの種である。かといって「テラスハウス」みたいなリア充生活など、夢のまた夢。

安野モヨコ『ハッピー・マニア』は恋愛マンガの名作として知られているけれど、貧しい女の物語として読まないのは、ちょっともったいない。主人公「シゲカヨ」は友だちの「フクちゃん」とルームシェアをしているフリーター。履歴書を見てみると、平成7年に明治大学文学部演劇学科入学とあるから、留年していなければ、平成11年の3月に卒業しているはず。その年の有効求人倍率は0・49と氷河期の中でも最低ランクだ。つまり、彼女がフリーターになったのは、その行きあたりばったりな性格のせいだけではなくて、就職氷河期のせいとも考えられる。

相方のフクちゃんが仕事が続かずつねに金欠気味のシゲカヨをなぜか受け入れていたり、人生設計が妙に堅実だったりするのも、彼女個人の性格というよりは、時代がそうさせたと考えると、すごくしっくりくる。そういう意味では、彼女たちって、恋愛ばっかりしてるわけじゃなくて、けっこうしっかりしているんだなと思う。

ちなみに、彼女たちと同世代で、有名企業への就職を果たしたのが同じ作者の『働きマン』に出てくる「松方」だ。彼女は、収入こそ安定しているが、氷河期のマスコミ入社ゆえ少数精鋭として鍛えられすぎており、売り手市場となった後輩世代の使えなさっぷりにイラついている様子。勝ち組には勝ち組の苦悩があるのだ。このように、安野というひとは女たちの労働環境や経済状態を描き分けるのが巧みで、わたしは大好きだ。

以前、紹介した東村アキコは『主に泣いてます』のほかに『海月姫』という作品も描いているのだが、この作品では、ニートのオタク女たちが「天水館」という下宿で共同生活をしている。これも、都会での女ひとり暮らしは何かと金がかかるという現実をうまいこと反映している。そして、貧しい女たちの連帯を描くのにうってつけの設定だ。

貧しくともオタク活動に打ち込める幸せな暮らしは、土地の再開発という青天の霹靂によって脅かされることに……天水館が取り壊されるかもしれないと知った彼女たちは、美しき女装男子「蔵之介」の陣頭指揮のもと、天水館の買い上げを目指す。天水館は彼女たちにとって自由に生きるための砦だから、いくらお金を積まれても立ち退く気はないし、むしろお金を積んででも守り抜く必要がある。その際、彼女たちが選んだのは政治家の息子である(お金も権力もある)蔵之介に頼り切ることではなく、彼と協力しながらも、自分たちの特技を活かしつつ、ファッションブランドを運営することだった。ここでもシンデレラストーリーは、周到に排除されている。

天水館の女たちはお金のためにがんばっている。でもこれは、貧乏それ自体を克服するためではない。貧乏暮らしの自由さを守るためにお金を稼ぐしかないという「ねじれ」はあるが、尊重したいのは、貧しくとも自由な暮らしの方なのだ。

いま紹介した作品に限らず、貧しい女の共同生活ものは、話が進むにつれ、「疑似家族」の様相を呈してくる。貧しくなくとも共同生活をしていれば多かれ少なかれ疑似家族的になっていくのだけれど、貧しさという燃料が投下されると、疑似家族化するスピードが早くなる。有名なところでは高橋留美子『めぞん一刻』がそういう話だったし、羽海野チカ『3月のライオン』に出てくる三姉妹と少年棋士が加速度的に疑似家族となっていくのも、三姉妹が貧乏であることが大事なポイントだった。考えてみれば羽海野は『ハチミツとクローバー』でも、貧乏美大生たちの疑似家族的な集団を描いている。これは意識的に採られた設定と見てよいだろう。

 ウラモトユウコ『椿荘101号室』では、同棲していた男に捨てられた無職の女子「春子」が、ボロアパートの一室に引っ越して自分を立て直そうとがんばる。椿荘の住人は、みんながみんなの長所・短所を知っていて、なんでもうるさく口出しし合う関係。そのため読者は、住人をひとつの家族に見立て、みんなで春子を育てる物語として読むことができる。

彼氏にパラサイトして、これといった趣味もなく生きてきた春子は、かなり「意識低い系」であり、世間を知らない赤子同然。椿荘のみんなは、そんな彼女をまともな大人にする親のようである。リビング代わりになっている「臼井さん」の部屋で春子が履歴書を書き上げるシーンでは、まさに彼らが春子の親兄弟となって、彼女の成長を後押ししている。

やがて春子は、自分の生き方を反省し、無職&貧乏状態からも脱出するのだけれど、引き続き椿荘に留まることを選んでいる(101から104に移っただけ)。彼女にとって大事なのは、男に助けてもらうことでもなければ、お金を稼いでいい部屋に住むことでもなかった。そう、春子もシンデレラストーリーを回避するヒロインなのである。

《「貧しい女」その4につづく》

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