トミヤマユキコ「たすけて! 女子マンガ」
2016/04/28

「貧乏ヒマ無し」でも「自由とプライド」はある(「貧しい女」その4)

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 マンガに女の人生を教えてもらおう! をテーマに文芸誌『yomyom』で開始した、トミヤマユキコさんの連載「たすけて! 女子マンガ」。今回のテーマは「貧しい女」です。これまでにアップされたその1~その3では、現代の女子マンガが、“貧しさから救済される”ことではなく“貧しいままで幸せになる”過程を描いていることを指摘し、登場人物がひとり暮らしや誰かとの共同生活のなかで「自立」を獲得していくマンガをとりあげてきました。

 「貧しい女」最終回となる今回は、その貧乏生活に、“恋愛”や“結婚”が絡んできたらどうなる? というお話。かつて、貧乏から抜け出すためのお金や立場を与えてくれる男はシンデレラストーリーの王子様でしたが――。

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 当連載『たすけて! 女子マンガ「貧しい女」その1~その3』でみてきたように、一人暮らしにせよ、疑似家族にせよ、女子マンガの中の貧しい女たちは、「金はなくとも時間はある」場合が多い。しかし現実の貧しい女は「貧乏ヒマ無し」だ。実際、稼がねば生きていけないバイト学生は、忙しすぎて勉強するヒマもない。貧乏だけど時間だけはあるというのは、いまの時代、かなり恵まれている方なのかもしれない。

 藤原晶『ダイヤモンド・ライフ』の主人公「香苗」は、まさしく金もヒマもない女。清掃会社に所属し、派遣先のビルで働く22歳だ。自由人気質でギャンブル好きな父親のせいで、母親は男を作り出て行ってしまった。自身も学費が払えず高校を中退。毎日の仕事とろくでもない父親の世話で、彼女の日常はいっぱいいっぱい。なかなかハードな貧しさである。

 あるとき香苗は、滞納していた4ヶ月分の家賃20万を封筒ごと紛失してしまうのだが、この窮状を救ってくれたのが、派遣先のIT企業社長「春樹」。この男がとんでもないS気質! 香苗を助けるため20万を出してやったのは、優しさからではなく「あんまり惨めったらしかったから/恵んでやっただけ」だし、「全身負け組」の彼女に対し、本でたまたま読んだ「ノブレス・オブリージュ=富める者の負う義務」を気まぐれに実践してみたに過ぎないと言ってのける。もう、全開で嫌な金持ちなのだ。

 そんな春樹に腹を立てた香苗は、20万を叩き返そうと、家政婦の仕事を始める。ただでさえ忙しいのに、ダブルワークまで始めることで、いよいよ香苗の大変さもピークに達するけれど、担当することになったのは、偶然にも春樹の家。

 いかにもマンガ的なご都合主義と言えばそれまでなのだが、敵認定した男の家でお金を稼ぎ、それを敵本人に返済するサイクルができるのはなんだか面白い。それに、香苗・春樹の間で避けがたく発生してしまうコミュニケーションが、お互いの価値観に変化をもたらしてゆく過程を見ていると、多忙な貧乏人が効率重視でコミュニケーション要らずの仕事を選んじゃうとちょっと危ないのかもしれない、と思わされる。香苗は稼ぐことを第一に考えているのだけれど、仕事の選び方や人とのコミュニケーションの取り方が上手なので、貧乏ヒマ無しなのに、あまり消耗せずに済んでいる。

 富豪男と貧乏女が登場する女子マンガにおいて、女が男の施しを素直に受け取るということは、まずない。どれだけ困っていても、お金に潔癖だ。なぜなら、お金を受け取ることがある種の支配関係を生み出すことを、彼女たちは経験上よく知っているから。

 たとえば神尾葉子『花より男子』の「つくし」が、スーパーお坊ちゃま集団「F4」の金満ぶりに目が眩むような女だったら、F4の横暴さに立ち向かうこともできないし、格差を超えたラブストーリーも生まれないだろうと思う。

 それと同じで、香苗もお金に潔癖だ。20万出してくれた上に、カードローンの踏み倒し方を教えようとする春樹に対し、「あたしは/プライドしか持ってないんです/それを/あたしから奪わないでください」と言っている。「あたしは詐欺師にも泥棒にもなりません/借りたものぐらいちゃんと働いて返します」……香苗は「ついカッコつけちゃった」と思っているけれど、プライドを手放さないこの選択を、春樹は高く評価する。「自転車操業だろうが返す苦しみを一度乗りこえれば/返した自信がその人間の本質まで変えてしまう/二度と無理な借金なんかしない/それまでの負け人生がチャラになる――…」……こうして、春樹にとって惨めったらしい負け組女だったはずの香苗が、対等に付き合えるひとへと変わっていく。この関係が成立するためには、つくしと同じように、香苗が男の金や権力に組み敷かれることをきっぱり拒絶しなくてはならなかった。これって、またしても、シンデレラストーリーを退けるヒロインじゃないか。

 ここまでくれば、もうお分かりだろう。女子マンガにおいて、貧しい女たちが最も重要視しているのは、自由とプライドなのである。貧しさから抜け出させてくれるお金でも男でもなく、自分が自分でいられる状況が、貧しい女たちの真に求めるもの。ついでにお金や男が転がり込んで来たら、それはそれでラッキーだけれど、一番大切なのは、自由とプライド。その順序を間違えてはいけないのだ。

◆「結婚」に雇われたなら

 でも、だからこそ、貧しい女の自由やプライドが損なわれるかも、という展開には注目する必要がある。海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』は、派遣切りに遭った「みくり」が、契約結婚という仕事を選ぶ話。みくりは、表向きは主婦として、しかし実際には住み込み家政婦として働くことにするのだが、この働き方を可能にしたのは、雇用主の「平匡」が効率重視の人間だったため。「仕事としての結婚ならば何かと面倒なことはしなくていいし」と考えた彼は、業務、給料、休暇を細かく決めて、通いで家事労働を提供してもらうよりも安くみくりを雇うことに決める。みくりも仕事と住居を手に入れたことを喜ぶのだけれど、男女が同じ屋根の下で暮らす以上、何も起こらないわけがない。雇用関係から恋人、そして夫婦へと、ふたりの関係が変化してゆく。

 その時、一番の問題となるのは、家事労働の扱いがどうなるかということ。仕事と住居を確保するためにやっていた家事労働を無償で提供するのが結婚だとしたら、みくりにとってはかなりキツい。やっと見つけた仕事が愛のために失われることをみくりは危惧する。何も考えず愛を選び取ることなんかできないみくりの気持ち……わかりすぎる。だって、貧しくて、住む家もなくなりそうな中、やっと見つけた仕事と住居が「専業主婦だから」「愛する人のためだから」という理由で「なかったこと」にされたら、彼女が契約結婚までして手に入れた仕事とは何だったのか、ということになってしまう。もちろん、愛するひとと生きてゆくのは意義深いことだ。でも、ここで愛だけを選択してしまったら、それまでの「貧しい女としての努力」は水の泡である。平匡からすれば、これまでとさして変わらぬ待遇(むしろ愛がプラスされた)だと思うだろうが、みくりにすれば、大きすぎるくらい大きな変化である。

 平匡は、「今まで通りよろしくお願いします…」と、彼女の気持ちをいったんは受け入れたものの「今まで通りの時給制もいいんですけど/将来のことを考えて お互い定額制のお小遣いにして余った分は貯金に回しませんか」と提案する。みくりはこれを「残業代ゼロ法案」「ブラック企業」だと感じる。平匡……イイ奴なんだが、いかんせん効率を重視しすぎる。

 そんな中、平匡の会社では部門縮小が囁かれ、今まで通りの収入が確保できるか怪しくなってくる。ふたりの間に雇用関係しかない場合、支払いが途絶えたら辞めればいいだけの話だけれど、そこに恋愛感情が絡んだら? みくりと平匡がこの先どんな選択をするのかは、女子マンガにおける貧しい女のゆくえを考える上で、とても重要になってくるだろう。

 貧しい女の物語は、健全で道徳的でお涙頂戴だった時代を過ぎ、シンデレラストーリーを踏み越えて、その先へ行こうとしている。ずっと不景気。デフォルトで貧乏。わたしたちはそういう時代を生きている。一攫千金目指して、宝くじを買うのも悪くないだろう。でもわたしはその金で女子マンガを買う。それが生き延びるための近道だと思うから。

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