わたしの東京 中野なかるてぃん

「小説新潮」発 あの人のとっておき

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渋谷駅前喫ミント所 

 僕は歯磨きがだ~い好き。もちろん虫歯の予防になるし、何より手軽にすっきりできるとこが好き。もっと言うと、磨いて奏でたシャカシャカが奥歯から耳に直接響くあの感じが好き。ちょっと言い過ぎると「は・み・が・き」と言った時の口の形が「あ・い・あ・い」になって前歯も奥歯も磨きやすくなるっていう完成度も好き。ささやかなプレゼントにも良い歯磨き粉を選ぶ。歯磨きは一日を締めくくる習慣だから、彼や彼女がどんな日を過ごしても、誰と食事をしても、寝る直前に僕を思い出してくれてるかも。

 そんな歯ブラッシャーの僕からお願いがあります。外で歯を磨かせてください。東京は外で歯を磨ける場所が少なすぎる。路上で磨いてたら絶対ジロジロ見られるし、街路樹のねもとにぺっ! するなんて立ちションと同じだと思うからしたくない。そもそもうがいのための水がない。駅のトイレで磨いたこともあるけど、トイレの水道水ってなんだか口に入れたくない。

 大通りを満腹で歩いている。さっきまで僕を喜ばせていた豚骨スープのまろやかさは、どよんとした後味となって口の中を支配している。10時間煮込んだコクによってざらつかされたエナメル質が口の中から助けを呼んでいる。早く歯を磨かせてくれ。今歯磨きをしたら素晴らしい味だけを切り取って記憶の中に飾れるのに。

 知ってるぅ? 歯医者の数ってコンビニよりも多いんだよぉ。へぇ〜。じゃなくてさ。歯を磨ける場所の数がコストコよりも少ないよ。日本の歯磨き人口は1億2000万人にも及ぶのに!

 ふと交差点の対岸に目をやると、煙を閉じ込めたパーテーション。やつらは減った減ったというけれども、それでも東京には喫煙所が多い。歯を汚すための場所があって歯を磨く場所がないってのはおかしいだろ。やつらがラーメンの後にすぐ一服したくなるように、僕だって一磨したい。やつらがスパスパしながら仕事の愚痴を言うように、シャカシャカしながら近場のゴシップを交換したい。ライターがないときには隣の人からシュボッと火を借りるように、歯磨き粉がないときには隣の人にうにょーんと貸して欲しいのだ。

 ああもう我慢できない。磨かせてもらうよ。

 うにょーん シャカシャカシャカ

「おざすおざす」「おー」「すいません一本いいすか」「ふぁい、どうじょ」「あざます」

 うにょーん シャカシャカシャカ

「きょうあめふりまっかね」「あ〜どおあるぉえ」

 シャカシャカシャカシャカシャカ

「ひょういえば、あれききまひた?」「なぬぃ?」「あおー、えいごうにょあやいぇが、うけうけおあいおうあんおういあうぇうあひぃっしゅお」「えー」 「だえにもいわあいでくらはいね」

 ぺっ シャー グチュグチュ ペっ シャー

「お先失礼します」「おしゅかれぇ」

 シャカシャカシャカ

 おえっ

 コーヒー飲んで午後もがんばろっ。

 

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中野なかるてぃん(なかの・なかるてぃん)
1994年山梨県生まれ。漫才コンビ「ナイチンゲールダンス」のボケとして、M‐1グランプリ準決勝に2年連続進出。実家は江戸時代から7代続く医者家系。